京都産業大 名誉教授
所 功 氏
プロフィール
所 功
(ところ いさお)
1941(昭和16)年12月、岐阜県生まれ。名古屋大大学院修士課程を修了後、皇學館大助教授、文部省(現文部科学省)教科書調査官などを務め、京都産業大教授を経て名誉教授。2012(平成24)年から公益財団法人モラロジー研究所教授も務める。日本法制文化史が専門で、皇室や元号、天皇即位について詳しい。「年号の歴史」(雄山閣)、「皇位継承のあり方」(PHP出版)、「皇室典範と女性宮家」(勉誠出版)、「象徴天皇『高齢譲位』の真相」(ベスト新書)など多数の著書がある。
京都産業大名誉教授の所功氏が10月29日、福岡市のホテルオークラ福岡であった毎日・世論フォーラムで、約110人を前に「大嘗祭(だいじょうさい)とこれからの皇室」と題して講演した。
所氏は、11月に天皇陛下が五穀豊穣(ほうじょう)や国の安寧を祈る一代一度の皇室行事「大嘗祭」では、神に供えられる米や粟(あわ)、特産品が全国から集まると説明。「各地の品は土地に根ざした文化そのもの。生きるために必要不可欠な食べ物についても考える機会」と語った。今後の皇室については、制度維持のため条件付きの女性天皇容認を提言。「原則を大事にしながら(皇位継承資格者が減っている)現実を直視し、少しずつ改革を加えることが伝統を生かすこと」と述べた。講演要旨は次の通り。
日本の天皇・皇室はどういう存在か議論がある。一言で言えば日本国憲法上どういう位置づけかということ。戦後、占領下で作られた憲法の顔にあたる第1章に8条にわたって天皇の規定がある。世界の憲法をみても第1章はその国の国柄を示すが、日本は象徴の天皇を日本の顔としていると言ったらいいと思う。日本国の象徴とか国民統合の象徴として、政治とは距離を置くが日本を代表する存在で国民全体の意向を代表する方ということを憲法に明記している。大事なのは皇位は世襲としていること。誰がなってもいいのなら選挙なりで選べばいいが、天皇は皇室の子孫でないといけない。神武天皇、または、天照大神以来といってもいい。1000年、2000年の皇統を受け継がないといけないと憲法に明記されているので簡単でない。一つの家柄を100代以上継いできた間に混乱や争いがあったし、潰れてしまうかもしれないこともあったことも事実。それを乗り越えて今がある。そういう波瀾万丈の歴史、苦難の歴史を踏まえて今を見ると、今の皇室は比較的安泰ではある。でも決して末永く安泰とは限らない。非常に厳しい、難しい現実がある。
5月1日に皇太子が天皇に即位された。10月22日に即位礼正殿の儀があった。11月に大嘗祭が行われる。大嘗祭とはなにか。天皇は神につかえる人。皇祖皇宗以来の考えで天地自然の神々を大事にする日本において、天皇が食べ物を神々に供える新嘗祭を皇室では毎年やっているが、それを大々的にするのが大新嘗祭、つまり大嘗祭。米のほかに粟(あわ)、稗(ひえ)、黍(きび)、豆を併せて五穀という。「五穀豊穣」というのは、米以外の雑穀を併せて豊かに実ることを言う。新嘗祭では米と粟で作ったご飯と酒を供える。大嘗祭も同様で、20種類くらいお供えものがある。米や粟は皇居の畑で作られている。日本の皇室の儀式や祭祀は別世界のことでなく、我々と近しく共通することが多い。とりわけ天皇が種をまき田植えをして刈り取りをして米や粟を作っていることは記憶いただきたい。
もう一つ。大嘗祭では、「庭積机代物(にわづみつくえしろもの)」が出される。「悠紀国(ゆきのくに)」という国が決められそこで取られた米と粟が中心に使われる。今回は栃木県と京都府から納められるが、それ以外に全都道府県に依頼して米と粟以外に土地の特産3~5品が出されることになっている。大嘗祭は品評会みたいなもので、全国の食べ物が並べられ、それを供える。生きていくうえで大事な衣食住のうち、着る物、住むところがなくても生きていけるが、食べ物がなければ生きていけない。文化という言葉はラテン語でcolereと言い「土地を耕す」という意味。土地、地域に根ざした営みを文化という。日本人が列島で作る米、粟、あるいは各地の特産物はその土地に根ざした文化そのもの。その土地でとれた物、土地の人が工夫して作った物が本当の文化だと思うが、それを代表するものとしてこの食べ物がある。御代代わりに当たって大嘗祭を通して、生きる上で最も大事な食べ物をどのように確保するか、いかに一緒に生きていくか考える機会と思う。
皇室が今どのような状況にあるか。今後どうなるかについて、若干話したい。皇室典範特例法ができたときに付帯決議で安定的な皇位継承を確保するためにどうしたらいいかを検討すべきだとなった。だから大嘗祭が終わると、政府として国会として議論を始めないといけない。皇室が男系の男子で続いたのは理由があった。一つが正妻の子がなければ側室が産んだ子でもよいということで約半数が側室の子供だった。それではだめとなると、もう少し柔軟に考えればいい。憲法上の象徴、世襲天皇というのをどう維持するかが大事だが、皇室典範の皇統に属する男系の男子が皇位を継ぐという原則は尊重しないといけない。ただ、限定すれば行き詰まるのであれば男系男子を優先するにしても、女子の可能性を開いておくことも必要。皇統に属する皇族は天照大神を皇祖とし、神武天皇を皇宗と仰ぐ、その継承者は男系男子だけに限られず男系女子も含まれてきた。過去8人、10代の女性天皇もいる。男系女子は大多数の男系男子の例外的な存在で、その子孫が皇位を継承した女系天皇の先例はない。だから、女性天皇までは可能でも女系天皇は難しいという人がいるのは理由のあること。つまり先例がないからだめだといえばそういうこと。
ただ、いつまでもそれでいいのかは別問題。当面は女性天皇まではよく女系天皇はだめだということであれば理解できる。その間にほかの宮家ができてその方のなかに男子が生まれればその方に移ることもない訳でない。それが一部で言われている旧宮家の子孫が皇族に復帰されてその子供が皇位継承資格を持たれることにつながる。私はそれに反対だったが、そういう可能性すら検討しないと皇統を継ぎえないとすればそれも一案。可能性を潰すのでなくて可能性をあらかた見つけて万一に備えることであってほしい。皇室が少子高齢化するなかで将来の展望を開こうとすればよほど柔軟に考える必要がある。柔軟というのは原則を忘れることでなく、原則を大事にしながら現実を直視することで少しずつ改革を加えること。それが伝統を生かすことだ。