毎日・世論フォーラム
第315回
平成31年1月22日
外交評論家 宮家 邦彦

テーマ
「AI時代の新・地政学」

会場:ソラリア西鉄 ホテル福岡

米中対立、解き明かす
宮家氏講演

宮家 邦彦 外交評論家
宮家 邦彦 氏

プロフィール

宮家 邦彦
(みやけ くにひこ)

1953年、神奈川県生まれ。東大法卒。在学中に中国語を学び、77年台湾師範大学語学留学。78年外務省入省。日米安全保障条約課長、中東アフリカ局参事官などを経て2005年退官。在北京大使館公使時代に広報文化を約3年半担当。現在、立命館大学客員教授、外交政策研究 所代表。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。  現在はTVコメンテーターでも活躍。毎日新聞デジタルの政治プレミア「モデレーター」。『「力の大真空」が世界史を変える』、『AI時代の新・地政学』など著書多数。

 第315回例会は、外交評論家の宮家邦彦氏が「AI時代の新・地政学」と題し講演。会員160人が参加した。 宮家氏は、米中の貿易戦争について「簡単に言えば覇権争い。中国のハイテクは米国を追い越そうとしている。米国は西太平洋における覇権を(中国に)奪われるかもしれない恐怖がある」として、2国間の対立は他国にも波及し、続いていく可能性を指摘した。昨年6月の米朝首脳会談にも言及。「トランプ米大統領の衝動的な決断で実施され、北朝鮮の核武装を事実上黙認し、米国の軍事的オプションを封じた」と指摘した。そのうえで「日本の安全保障システムはこれでいいのかという議論になる」と述べた。講演要旨は次の通り。

 今の日本を取り巻く国際環境は恐らく100年に一度の大変革を迎えている。一体、何が起きているのかを皆さんと検証していきたい。
 今の国際情勢は、SF映画「スター・ウォーズ」の過去の三つのタイトルをもじって説明できる。まずは「ダークサイドの覚醒」。ダークサイドとは、人間の醜い差別的、排外主義的なナショナリズム、ポピュリズム、破壊願望、この醜い人間の心のことだ。これが世界中に蔓延している。
 第2は「帝国の逆襲」。ロシアはクリミアやウクライナで何やっているのか。中国が南シナ海で何をやっているのか。イラン、トルコが不正義だから変えなきゃいけない。力を使ってでも変えいいという時代になった。第3は「エピソード1/核のメナス」。核兵器が拡散している。入ってきたのはナショナリズムだ。
 トランプ政権の話をしたい。トランプさんはどういう人か。まずは実務に関心がない。文書を読まない。人の話を聞かない。自分にスポットライトに当たるのが何より楽しい。そして衝動的、直感的に動く。去年3月、韓国の代表団が訪米した際に突然、北朝鮮の金正恩に会うと言い出した。これも直感的に決まった。政治的な生き残りしか考えていない。
 トランプさんを生んだのは、五大湖周辺の工業地帯にいる低学歴でブルカラーの白人男性の怒りだ。1970年代は圧倒的に白人社会だったが、2050年になると白人がマイノリティーになる。この恐怖がトランプさんを生んだ。そのトランプさんは2020年大統領選でも勝つ気でいる。盤石の体制で選挙をやろうとしており、負けない可能性があると考えていい。
 米国の外交政策で一番の関心はイランと中国だ。その中国との貿易戦争は単なる貿易戦争ではない。簡単に言えば覇権争い。中国は米国から多くの最先端技術を盗み取り、それを土台に米国に追いつき追い越そうとしてる。中国のファーウェイが良い例だ。西太平洋の覇権を奪われるかもしれない恐怖を感じている。
 だから米中貿易戦争はトランプさんが血迷ってやっている訳ではない。オバマ政権の最後の段階から対中政策が徐々に変わりつつある。私は米中の確執を「米中コールドスターウオーズ」と呼んでいる。ホットウオーになる可能性は低いが、米中の覇権争いは10年、20年続く。その時に日本がどう考えるか。どうやって生きのびるかだ。
 最近の政治家は国際情勢を誤解しているのではないか。冷戦時代を含めて1945年からソ連が崩壊するまでは確かに厳しい東西の対立はあったが、社会は安定していたし、基本的にみんな合理的な判断をしていた。だから相手がどんな判断するかも大体予測できた。
 ところが、最近の政治決断はどうも合理的でなく、勢いと偶然と判断ミスで物事が動いている。歴史が大きく動く時は結局こうなんじゃないか。1930年代を振り返ってみたら合理的な判断をしていない。そしてヒトラーが出てきて侵略をやる。英国が融和政策で見て見ぬ振りをしようとして破局になる。
 こうした偶然と判断ミスが積み重なると、物事がどんどん動いてしまう。そういう時代に入ったのではないか。トランプさんが変というだけでなく、今の時代を象徴することが起きている。その一端がトランプさんでしかないのではないか。
 最後に1953年体制の終わりの始まりについて。53年体制とは朝鮮戦争の休戦協定が作り出した体制だ。休戦協定は半島の分断を固定化したが、経済的には一定の安定を生んだ。安定があったからこそ日本や韓国の復興があった。53年体制が東アジアの政治的安定や経済的繁栄の基礎だったというのが私の仮説だ。
 53年体制の本質は、北朝鮮が核を持っていない前提で、韓国が米国の核の傘を利用しながら北を抑止してきたことだ。その体制の風化が始まっている。最たるものが北朝鮮の核開発だ。昨年6月の米朝首脳会談が風化を加速化させた。核武装はもう元に戻らない。トランプさんは深い考慮もないまま体制を風化させ、北朝鮮の核武装を事実上黙認し、米国の軍事的オプションを封じた。これが何を意味するのか。北朝鮮で中距離核弾頭ミサイルが配備されたらターゲットは東京だ。
 これからは戦略的な思考が必要になる。非核三原則をどうするかなど日本の安全保障政策を真剣に考えてほしい。日本の安全保障政策は全て1953年体制に基づいて作られている。この53年体制が変質した時、日本の安全保障システムはこれでいいのかという議論になるはずだ。

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