毎日・世論フォーラム
第347回
2022年11月7日
前国家安全保障局長 北村 滋

テーマ
「見えない危機に備える―経済安全保障とは何か―」

会場:ホテル日航福岡

「国民生活の安全脅かす技術流出」

北村 滋 前国家安全保障局長
北村 滋 氏

プロフィール

北村 滋
(きたむら・しげる)

 1956年、東京都出身。80年、東京大学法学部卒業後、警察庁入庁。在仏大使館一等書記官、徳島県警本部長、警備局外事課長、内閣総理大臣秘書官、兵庫県警本部長、外事情報部長などを歴任。野田、安倍両内閣で内閣情報官を務めた。7年8カ月に及ぶ在任期間は歴代最長で、この間、特定秘密保護法の策定・施行に携わる。2019年9月、国家安全保障局長に就任。菅内閣でも留任。退官後も経済安全保障法制に関する有識者会議委員を務めるなど第一線で活躍中。

 前国家安全保障局長の北村滋氏が2022年11月7日、福岡市のホテル日航博多で開かれた毎日・世論フォーラム第347回例会で講演した。
 北村氏は先端技術の海外流出防止など経済面での安全保障の重要性を指摘。産業スパイを通じて海外に流出した日本の半導体技術などが軍事転用される可能性に触れ「技術の流出は我が国の安全保障、国民生活の安全に跳ね返る可能性がある」と警鐘を鳴らした。
 また、安全保障が「経済、技術分野に拡大しつつある」との認識を示し、AI(人工知能)や暗号技術を生かしたブロックチェーンなど「民間で生まれた技術が軍事にも利用されている」と述べたうえで、戦争は陸・海・空だけでなく宇宙やサイバー空間に拡大し「技術の優劣が勝敗を決する」と分析した。講演要旨は次の通り。
 我が国の先端技術はどんな形で盗まれてきたのか。ロシアの情報機関が関わった事件を紹介する。
 ある時、(ロシアの情報機関が)大手半導体メーカーの製品に目をつけ、見本市で日本人社員に声をかけた。最初は何気ない話で公開情報を知りたいと持ちかけ、徐々に個人的な関係を築いていった。やがて関係が深まっていくと非公開となっている事実を聞き出し、見返りに謝礼を渡す。その金額は上がっていき、最高額が10万円ぐらいになっていた。そうなると、社員は会社の秘密情報をも渡すようになる。これは「ヒューミント」と呼ばれ、接触を重ねて人間関係を深め、より価値の高い情報を入手する方法だ。この社員は、慣れと謝礼の受け取りで、ロシアの情報機関と抜き差しならない関係になった。この事件で提供された額は100万円。企業にとってみれば微々たる額だが、ロシアに抜けた情報が武器に使われた可能性がある。また、防衛省(自衛隊)が使う中距離地対空誘導弾システムの研究を委託された日本の会社が、さらに孫請けに出した先が、北朝鮮と関係のある組織の傘下団体だったというケースもあった。安全保障は経済、技術分野に拡大しつつある。
 我が国の企業、国家が保有する機微な技術、情報をどうやって保全するか。一つは外為法上の規制で、破壊兵器に資する技術流出の規制や、コアな技術をもっている企業投資への規制だ。もう一つは「人」で、見えない技術の移転を防ぐことだ。例えば、中国の国家情報法では、公民(注:中国国民、の意)であれば必ず情報機関に協力をしなければいけないことになっていて、そうした点にも留意が必要だ。
 5月11日に経済安全保障推進法ができた。大きな役割を果たしたのは岸田(文雄)総理。これから、サプライチェーン強靭化に向けた取組みが始まる。また、経済安全保障は一国だけではできないから、国際協力も大事だ。国際経済の流れや産業構造が変わってきている今、機微な技術をいかに守っていくかが課題だ。

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