元衆院議長
大島 理森 氏
プロフィール
大島 理森
(おおしま・ただもり)
1946年、青森県生まれ。慶応大学卒業後、毎日新聞社勤務、青森県議を経て83年に衆院選初当選。文相や農相、自民党国会対策委員長、幹事長、副総裁、衆議院議長(第76、77代)など要職を歴任し、2021年に議員を引退。衆議院議長の在職期間は15年4月から21年10月までの2336日で歴代最長。与野党双方から信頼が厚く、天皇退位を実現する特例法の成立や衆院選挙区の区割り改定など、重要な局面で調整力を発揮した。18年7月には、財務省の決裁文書改ざんなど公文書の隠ぺいや誤りが相次いだことを受けて議長所感を発表。「民主的な行政監視の根幹を揺るがす」と政府に猛省を促した。
前衆院議長の大島理森氏が5月13日、福岡市のホテルニューオータニ博多で開かれた毎日・世論フォーラム第342回例会で「ロシアのウクライナ侵攻の中で民主主義を考える」と題して講演した。大島氏はロシアによるウクライナ侵攻を「民主主義への挑戦だ」と批判し、侵攻に至るロシアの政治決定プロセスを疑問視した。大島氏は英研究機関がロシアの政治体制を「独裁」と分析していることなどを踏まえ、侵攻に踏み切ったプーチン露大統領の決断を「歴史的領土を侵略、侵攻の大義に掲げるのであれば国際社会の秩序が無視されることになるのではないか」と強く懸念し、ウクライナ国民に多大な犠牲がでていることに思いを寄せた。
また、ウクライナ侵攻を機に日本で安全保障に関する議論が活発化していることには「冷静に深く広く議論してほしいとの考えを示し、「侵攻を日本の政治課題と捉え、民主主義を大事にする覚悟を」と訴えた。講演要旨は次の通り。
ウクライナ侵攻が2月からずっと続いて、経済やエネルギーに影響している。この侵略・侵攻は民主主義への挑戦ではないかと、今も、そう思っている。民主主義とは何か。私たちの問題だと思ってこの問題を捉える機会でもある。
侵攻の決断をするまでのロシアの政治はどういう議論をしたのかが、民主主義を考えるうえで大事なことだ。議論が薄かったなら、民主的というより専制的、権威主義的な決定ではなかったかと思う。歴史的領土を侵略侵攻の大義に掲げるのであれば、国際社会の国際法の秩序が無視されることになるのではないか。多くのウクライナ国民が悲惨な状況にあり、この武力行使を止めなければならない。
また、(プーチン大統領は)ネオナチを止めるとも言っている。決断の背景にはプーチンの史観、歴史の見方があると感じている。武力行使で多くの国民が悲惨な状況に巻き込まれている。ロシアが民主主義国家と称するなら、この決断の前に、国民と国会の中でどういうプロセスを経たのか。チェック・アンド・バランスが働いたのか疑問を持つ。
岸田総理やG7のリーダーは「われわれは共通の価値を持っている」と言う。共通の価値とは民主主義と市場経済だと思う。民主主義は全て結構な政治制度ではないと自覚しつつも、民主主義には欠点もあるが、それ以外と比べるとこれしかない。少数のエリートがいれば統治できる、という意見がある。しかし、それで自由が制約される可能性がある。国会が紛糾した時、経済界や報道が「政治は何をしている」と言う。根底には民主主義には時間がかかりすぎるということがある。それでも民主主義を大事にしなければならない。
民主主義の何が大事なのか。一つは「自由」。物を言う自由、考え、行動する自由――人間の尊厳の大事なところだ。二つ目に、それがゆえに「生命の尊厳」。人間としてのエネルギーである生命を大事にするということだ。
全体として人間が存在する平等。自由と生命の尊厳と存在の平等。存在する人間としての平等。そのために国家がある。その政治運営の基本が「自治の原則」。我々は投票で付託を受けている。みなさんが自らを制約する。自治の原則が運営の基本にならなければならない。その手段として、公正な選挙で成り立つ議会がしっかりしなければならない。権力の運用をする内閣、それに議会と裁判所、公正な選挙、メディアが必要だ。こういうことが民主主義の、人類の知恵だと思う。
ロシアにも野党はあるが、政権から制限されている。野党のなかには与党に従属する姿がある。中国では全人代が最高権力機関と位置付けられる。選挙は直接選挙ではない。中国共産党による一党支配。全人代を構成する議員は直接でなく、共産党からしか立候補できない。両国とも本当にチェック・アンド・バランスができているのか疑念を持つ。政治の姿が生まれるのは当然、その国の、長い間培われた国民の倫理観、社会性、伝統文化のなかで成熟がなされる。一番大事なのはチェック・アンド・バランス。ここが薄くなってくると権威主義的になる。そこのリーダーがもし判断を間違って進んでいったら国の運命はどうなるか。
ロシアのウクライナ侵攻、プーチン大統領の侵略・侵攻を我々の問題として考える。自由、人間の尊厳、平等の価値を大事にしていこうとするなら、日本の民主主義も改善すべきところは改善して前に進まなければならない。
何を考えなければならないのか。第1は選挙制度。制度としての問題として衆議院の1票の格差問題がある。
チェック・アンド・バランスの関係から改めて申し上げる。最高裁の判断で3回、1票の格差を広げてはならないと言われた。もしそのことを無視するならチェックが効かなくなり、司法、国会の見識が問われる。重複立候補や、衆参の機能分担などを根本から考えながら、選挙制度も考えていかなければいけない。
(今夏の)参院選が終われば、衆院選はすぐにはないと思う。18歳も選挙権を持ち、新しい時代に入った。この時代にどうあるべきか考えてほしい。
心配しているのは投票率の低さ。各政党はぜひもう一度、国民にどう訴えてすくい上げるか。あまりにも(政党の)離合集散が激しい。政党交付金の交付基準を少し議論していただけたらと思う。
国民のために合理的な妥協をするのが政治だと思う。各党でどこに接点があるか、合意形成の努力をしながら多数決で決める。アメリカは分断的な政治状況だ。フランスの選挙もそうだったが、ヨーロッパは多数連立で日本的な妥協がある。なんでもかんでも多数決ではなく、少数意見にもギリギリまで耳を傾ける。日本の政治の先輩が教えてくれた知恵だ。