笹川平和財団上席研究員
渡部 恒雄 氏
プロフィール
渡部 恒雄
(わたなべ・つねお)
1963年、福島県生まれ。88年、東北大歯学部を卒業後、社会科学を学ぶために米国留学。ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程を修了し、95年、ワシントンDCのCSIS(戦略国際問題研究所)に入所。日本の政党政治、日米関係、アジアの安全保障などを研究した。2005年に帰国し、三井物産戦略研究所、東京財団を経て17年10月から現職。著書に「2021年以後の世界秩序」など。故・渡部恒三元衆院副議長の長男。
笹川平和財団上席研究員の渡部恒雄氏が1月18日、福岡市のホテルニューオータニ博多で開かれた毎日・世論フォーラム第339回例会で「米中対立の構造と日本の戦略」と題して講演した。
渡部氏は、米中関係について「安全保障と経済で競争に入った」と指摘し、「日本は米国や地域の安定にとって重要なプレーヤーだ。インドや豪州、韓国、欧州といった国々を巻き込んで、日本は地域の秩序を守らなくてはならない」と述べた。
また、米バイデン政権は「関与(エンゲージメント)政策により、中国を国際ルールを守る方向に誘導することには失敗した」との認識を持っていると解説。米単独の力の限界を理解してインド太平洋の地域諸国と共に勢力の均衡を維持し、米国と利益を共有する秩序を作ることを目標にしていると分析した。台湾有事については「中国側に『一方的に軍事侵攻してもうまくいかない』と思わせる態勢を日米で作っておくことが重要だ」と語った。講演要旨は次の通り。
日本はかつてのようにアメリカにとって怖い存在ではなくなった。怖いのは経済的にも軍事的にも中国だ。アメリカもかつてと違う。産業はIT系のグローバル企業が強くなっているが、アメリカ人に恩恵をもたらさないので不満がたまる。その不満を吸収しているのがトランプ前大統領。今は「トランプ的なアメリカ」と、「バイデン的なアメリカ」が非常に割れている。11月の中間選挙で与党・民主党が負けると、レームダック状態になって共和党のトランプ勢力が強まり、2年後の大統領選ではアメリカの民主主義自体が混乱することがありうるという観測もある。
冷戦後、国同士の争いはないことになっていたが、中国、ロシアが新たにいろんなちょっかいを出し、大国間競争の時代に戻ってきた。背後には、圧倒的に力があったアメリカが経済も、軍事も弱くなり、そして何より民主主義という理念が弱ってきたということがある。ニクソン訪中の1972年からトランプ政権の2017、8年くらいまでは対中関与だったが、トランプ政権からバイデン政権になって競争・対抗路線。バイデン政権は、アメリカ単独の力ではなく、中国を取り囲む地域諸国と勢力均衡を維持し、利益を共有するような秩序をつくることが目標だとしている。トランプ政権は、トランプが嫌いだったから同盟国を大事にしなかった。トランプはビジネスマンなので、金銭的なものにしか置き換えられない。同盟国というと、アメリカが持ち出して損しているイメージが強いが、本当の価値は必ずしも金銭に置き換えられるわけでもなく、こういう今までのアメリカが支えてきた地域秩序があればこそ、大きな戦争はなく、自由な貿易が継続して、経済が回っていく。バイデンは、トランプのやっていたことをグレードアップして地域の同盟国や友好国と取り組むということだ。
バイデン政権は日本を大事と考えている。中国をにらんだ軍事的あるいは経済的競争のなかで日本抜きにはもう対抗できない。中国が尖閣、あるいは台湾を攻撃したときにアメリカが対抗して守ろうと思っても、移動するまで時間がかかる。在日米軍は相当アメリカにとっては大きい。それは台湾有事があるかないかに関わってくる。習近平体制は台湾問題で行動力を見せないと苦しい状況に追い込まれる可能性がある。実際に、経済の成長が落ちてきている。今の中国は圧倒的な金持ちがいるが、貧しい人たちもいっぱいいる。中国がこれからも成長する夢があるからみんな納得しているが、崩れたらどうなるか。アメリカ側も心配している。その際に、軍事力を積み上げて出来心を起こさせないようにしようというのが抑止力維持だ。もし台湾に軍事侵攻した場合は、台湾海峡は戦域になる。日本の大動脈が止まる。もちろん、こんなことは中国もしたくないし、アメリカもしたくない。だったらそうならない状況を作ろうというのがアメリカの発想だ。台湾に米軍はいないし、台湾は日本のすぐ隣。何が起きるか分からないので、台湾有事を起こさせてはいけない。起こさせないために何をしたらいいかというと、中国側が台湾を一方的に軍事侵攻しても、うまくいかないと思わせる体制をきちんと日本とアメリカで作っておくことだ。その日本はアメリカにとっても、地域の安定にも非常に重要なプレーヤーだ。
日本も主体的に力を出してもいい。秩序をきちんと維持するには、アメリカも大事だが、東南アジア、インド、豪州、できれば韓国。各国が円滑に努力することが大事だ。ミドルパワーが協力すればいいことがある。日本も人口が減り、経済成長が心配だ。だからTPPで巻き込んで経済成長を維持しようとした。それはアメリカとの決別じゃないし、中国との決定的対立でもない。むしろうまく中国をその中に落とし込む。この辺の発想はメディアの中でも分かりにくい。こういう発想で、バイデン政権は考えている。その辺を伝えられると日本の戦略も思ったより難しくない。楽ではないけれど、今まで来た道と変わらない。ただ、かなり覚悟を持って臨まないといけないのではないか。