毎日・世論フォーラム
第340回
2022年3月7日
前日本医師会会長 横倉 義武

テーマ
「コロナ禍とワンヘルス」

会場:西鉄ソラリアホテル福岡

人、動物、環境の健全性が重要
感染症を防ぐには

横倉 義武 前日本医師会会長
横倉 義武 氏

プロフィール

横倉 義武
(よこくら・よしたけ)

 1944年、福岡県生まれ。69年、久留米大医学部を卒業後、同大医学部講師などを経て、社会医療法人弘恵会ヨコクラ病院(福岡県みやま市)院長。2006年、福岡県医師会会長。12年から20年まで4期8年、日本医師会会長を務めた。17年10月には日本人として3人目となる世界医師会会長(任期1年)に就任した。現在、ヨコクラ病院理事長。地域医療を支えてきた立場から、患者に最も身近な「かかりつけ医」の大切さを説く。近著に「新型コロナと向き合う-かかりつけ医からの提言」(岩波新書)。

 日本医師会前会長の横倉義武氏が3月7日、福岡市の西鉄ソラリアホテル福岡で開かれた第340回例会で「コロナ禍とワンヘルス」と題して講演した。
 「ワンヘルス」は人間だけでなく、動物や環境を含めた生態系を健全な状態にすることを目指す考え方で、新型コロナウイルスの世界的流行をきっかけに注目されている。
 横倉氏は、新型コロナや狂犬病など、感染症には動物から人に伝染して流行するものが多いことを指摘し「(感染拡大は)健康だけでなく、経済的にも甚大な影響が出る。感染症対策のためにも人と動物が共生できる社会を作ることが必要だ」と述べた。
 また環境面では、都市化による森林破壊が起きると、森林にとどまっていたウイルスなどが新たに人間の社会に拡散されるリスクがあるなどとし「環境保護の認識を高めることが大事になる」と語った。講演要旨は次の通り。
 コロナウイルスは家畜や野生動物など周りに生息するあらゆる動物に感染し、さまざまな症状を引き起こすことが知られている。新型コロナウイルスはコロナウイルスの一種だが、人の粘膜に付着するとそこから体内に入り込んで増殖し、症状を引き起こす。新型コロナはコウモリが持っていたウイルス。中国・武漢からスタートし、感染者数は4億人を超えている。
 ウイルスは2週間に1度、小さな変異を起こし、アルファ、ベータ、オミクロンなどという名称で呼ばれている。デルタ株は従来株より感染性が1・5倍強い。去年の秋から冬にかけて我が国でも増え、重症化しやすいと言われていた。現在起きているオミクロン株は、感染力が非常に強い。従来の新型コロナは非常に肺炎を起こしやすく、重症化しやすいことがあった。肺で感染するということは、大きなせきをした時などにウイルスが出るが、オミクロン株は上気道や鼻の粘膜で増殖しやすく、非常に飛沫感染しやすいため、感染者数が激増している。そしてのどの痛みがひどい。
 オミクロン株は感染力が非常に強いので、人と話す時にできるだけマスクをするのが重要だ。集団の中に一人ウイルスを持った人がいると広がっていく。1波以降、コロナに対応しているが、福岡県で重症化する人は少なかった。これは福岡の医療体制が結構うまく対応できたといわれている。徐々に治療薬も開発されており、自然に収まっていくのではと思う。
 感染症は国境を越えて来る。病原体、ウイルスや細菌などいろいろあるが、病原体が体に侵入して、症状が出る病気のことを感染症という。感染症には人と動物の共通感染症がある。人への感染症は医学が、動物の感染症は獣医学が対応する。動物由来感染症は世界で200以上があり、代表的なものはペストで、新型コロナウイルスもそうだ。こういう感染を防止するには、感染源や感染経路、宿主の三つに対応が必要で、人、動物、環境で感染を防ぐのが課題だ。
 ワンヘルスの考えをしっかり持つ必要がある。生態系、動物、人間の健康をつながったものとする考え方は、昔から伝えられてきた。動物由来の感染症が急増した近現代の問題の対応として、三つの健康を一つとする考え方が国際的に注目されるようになったのは、サーズ(SARS 重症急性呼吸器症候群)やエボラ出血熱が起き、危機感が高まった21世紀に入ってからだった。2004年にニューヨークであったシンポジウムで、世界中の専門家が、感染症リスクの抑制をはかる戦略的枠組みとした12の行動計画をつくり、広まっていった。ワンヘルスの理念は人と動物の健康、環境の健全性は生態系の中で相互に密接につながり、強く影響し合う一つのものということ。私たちはこれらの健全な状態を一体的に守らないといけない。特に近年の新興感染症は、動物由来が増えている。過去20年間で動物由来感染症で10兆7000億円という甚大な経済損失につながった。新型コロナでも大きな損失が予想されている。微生物と対話しながら生きているのが人間だ。ワンヘルスの考え方は今後の世界を守っていく意味でも重要だ。
 人と動物の共通感染症対策、薬剤耐性菌対策、環境保護、人と動物との共生社会作りなどをしっかり進めることで、コロナの感染も収まっていくのではないかと思う。活動の一つに薬剤耐性菌が挙げられている。抗生剤、抗菌剤は人にも使うが、使い方を誤ると、その薬が効かなくなる。耐性菌が出てくる。環境保護という面では、グルーバル化や大量の食料生産は、人間や動物に貴重な森林の過剰伐採をはじめ生態系を破壊する。ジャングルに密かに生息するものを人間社会に持ってきてはいけないことを認識する必要がある。エボラはジャングルにいるウイルスが人間社会に入ってきた例で、新型コロナウイルスも、コウモリが持っているものが人間社会に出てきて騒ぎを起こしている。
 感染症はいろんな動物にあるが、感染をコントロールするには、感染経路を遮断する。そのためには手洗いやマスクの着用、空気の入れ換え、社会的距離を取る、水際対策というのが非常に重要だし、何よりも感染源になる人を早く見つけるためには、いろんな検査を早くやれる体制をつくっていく。そしてもし、感染している人が分かったら、症状がなくてもできるだけホテル療養などで隔離することが重要だ。
 何よりも感染症に必要なのはワクチン。日本の場合は、8割の人が2回接種を終えていて、3回目は遅くてオミクロンに感染する人が増えた。人間はみんな免疫を持っている。免疫力を高めるには毎日の生活が大事。免疫が高まれば感染しない、感染しても発症しないということになる。そのためには適度な運動をしてぐっすり寝る、栄養のバランスを大切にして、お風呂はゆっくり入って体を温める。一番良いのは思い切り笑い、くよくよしない。免疫力を高めることはがん予防にも同じ事が言える。
 しばらくはコロナと人間は共存する状態が続く。ワクチンなどで免疫を獲得し、人口の6割が持つと収束に向かう。収束とは人々が感染を心配せず生活できる状態だ。インフルエンザの場合は毎年感染のリスクがあり、亡くなる人も少なくないが、ワクチンがあってある程度予防できる。感染しても抗インフルエンザ薬がある。抗インフルエンザ薬ができたのは、スペイン風邪が約100年前に入った70年後。コロナウイルスの薬は2年で新しいものができた。それだけ進歩している。徐々に安心して生活できるようになると思う。

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