毎日・世論フォーラム
第344回
2022年8月4日
毎日新聞専門編集委員 与良 正男

テーマ
「安倍氏の死と参院選後の日本政治」

会場:ホテル日航福岡

「安倍元首相の銃撃事件、日本政治の転換点に/難局を迎える岸田政権」

与良 正男 毎日新聞専門編集委員
与良 正男 氏

プロフィール

与良 正男
(よら・まさお)

 1957年、静岡県出身。名古屋大卒業後、81年、毎日新聞社入社。89年、政治部。官邸、自民党、野党、外務省の各キャップや政治部デスク、論説委員を経て14年4月から現職。
自民党担当時代は、故・安倍晋三元首相の父、安倍晋太郎元外相が率いる派閥「安倍派」や、晋太郎氏死去後の「三塚派」の番記者を担当。現在、毎日新聞の社説やコラム「熱血!与良政談」などを執筆しているほか、TBS「サンデーモーニング」、BS-TBS「報道1930」などにも出演。豊富な取材経験と人脈を生かした情報収集力や分析に定評がある。

 毎日新聞専門編集委員の与良正男氏が8月4日、福岡市のホテル日航福岡で開かれた毎日・世論フォーラム第344回例会で「安倍氏の死と参院選後の日本政治」と題して講演した。与良氏は安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件で「日本の政治は大きく変わる」と指摘。参院選に勝利し、衆院解散がなければ3年後まで大きな国政選挙がない「黄金の3年間」を迎えるとみられていた岸田文雄首相の政権運営について「テーマだった『安倍氏からの自立』が難しくなった。『安倍さんの遺志を忘れるな』という言葉が全ての局面で出てくる。大変な3年間になる」との見通しを示した。講演要旨は次の通り。
 安倍元首相の銃撃事件の前、あらゆる世論調査で参院選に自民党は大勝すると言われていた。そうなると、岸田さんの政治基盤は強くなる。選挙で勝っている総理大臣を降ろすことはできないからだ。以後3年間は衆院が解散されない限り、参院選と衆院選はない。「黄金の3年間」だ。この間、岸田さんは長期的な課題に取り組むことができるようになる。一方で岸田さんの裏テーマは「安倍さんからどこまで自立して、どこまでできるか」だったのだが、銃撃事件で様相は一変した。安倍さんが亡くなったことで岸田さんは自立しやすくなった、と表面的には見えるが、私は、事件後ますます「安倍離れ」が難しくなったという見方をしている。
 「安倍さんの遺志を忘れるな」という言葉がすべての局面で出てくるのではないか。安倍さんがいれば、「私とは考えが違う。そう思わない」と言えたが、むしろ言いにくくなった。安倍離れをすると、逆にそれに反対する人たちも増えてくる。岸田首相にとっては、ものすごく大変な3年間になる。
 共同通信の世論調査では支持率が10㌽ぐらい落ちている。選挙で勝って1カ月も経たないのに支持率が下がるのは異例だ。新型コロナ対策、安倍元首相の国葬問題が影響している。そして今、旧統一教会と自民党の関係が、ボディーブローというか相当大きい打撃として政治を覆っている。強い政権党を見てきた私から見ても、自民党を大きく揺るがしている。
 ポイントは「世界平和統一家庭連合」への名称変更問題。旧統一教会は、1997年に名称変更を申し出ていた。なぜ変えたかったのか。新聞やテレビで批判され、霊感商法だと大騒ぎになっていたからで、名前を変えて再び壺や印鑑を売ろうとしていることは見え見えだった。当時、(宗教法人を所掌する)文化庁で宗務課長をしていたのが、加計学園問題で知られるようになった前川喜平さん。前川さんは「問題になる」として名称変更を門前払いしていたが、下村博文氏が安倍内閣で文科相を務めていた2015年に突然、名称変更が認められた。下村氏自身は旧統一教会系機関誌からお金をもらっていることを認めていて、(改称にあたって下村氏)本人の意思が働いたのではないか、あるいは改称を認めたのではないか、というのが最大の政治テーマになっている。
 旧統一教会と関係している議員は、ほとんどが安倍派(清和会)。「自民党と統一教会」というより「統一教会と安倍派」。そのつながりの源流は、安倍さんの祖父の岸信介元首相で、岸元首相は、統一教会が政治団体「国際勝共連合」を日本につくる際のパイプ役だった。自民党の議員は、安倍派の根っこにある問題だと思っている。安倍派は自民党の中で主流になったことはなく、宏池会が保守本流といわれてきた。建設業など昔からの自民党支持基盤を持っておらず、支援者はそうした基盤以外から集めていたことが背景にある。
 岸田さんはまず、こうした問題に取り組まなければ。だが、参院選後すぐに国会を開けばいいのに、臨時国会はたった3日、しかも(参院選の)1カ月後に開き、国葬についての説明もない。せめて1週間ぐらい開いてきちんと議論するべきだ。
 防衛費増額や物価高など、参院選の争点はほとんど安倍さんが言い出していたものだ。アベノミクスは間違いなく円安を政策的に誘導した。円安で輸出産業の収益がよくなり、トリクルダウンで景気を引っ張る――と。これから概算要求が始まるが、「安倍さんがいなくなったから『防衛費をGDPの2%以上も念頭に』という考えをやめよう」とはならない。逆に「安倍さんの遺志を(尊重すべきだ)」となる。また、次の日銀総裁を誰にするかも難しい。低金利はそろそろ転換すべきで、いずれ軟着陸させなくてはいけない。

 (安倍元首相の存命時に)岸田さんは、憲法改正と言っている限りは安倍さんから引きずり下ろされないと考えていただろうし、安倍さんは安倍さんで、憲法改正の時に自分は首相でいたいが、それよりも岸田さんのようなリベラル系の首相がやった方が野党も乗ってくる、岸田さんがやった方がいい、という計算があったと思う。(その意味で、安倍元首相は)岸田さんには力強い後ろ盾だったが、(安倍元首相の死で)お墨付きを与える人がいなくなり、「安倍さんが言うなら仕方がない」と保守層が納得する図式が崩れてしまった。
 いずれにせよ、当面は統一教会問題が本筋中の本筋。人々の関心も高い。そして経済。こちらにはアベノミクスという壁が立ちはだかる。予算編成の時には防衛費という問題も立ちはだかる。岸田さんの政権運営はこれからが大変だ。

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