インターネットイニシアティブ会長
鈴木 幸一 氏
プロフィール
鈴木 幸一
(すずき こういち)
1946年神奈川県生まれ。71年早稲田大学卒、72年日本能率協会入社、82年日本アプライドリサーチ取締役、92年インターネットイニシアティブ企画を創立、取締役に就任、94年インターネットイニシアティブ(IIJ)代表取締役社長、以来日本における商用インターネットサービスの先駆者として20年以上にわたり通信インフラ市場を切り拓く。2014年より現職。
第274回例会は、インターネット接続サービスを国内で初めて提供し、ネット業界の先導役となったインターネットイニシアティブ(IIJ)の鈴木幸一会長兼CEOが「グローバル時代のインターネット戦略」と題し講演、会員120名が参加した。鈴木氏は、インターネットに対する米国と日本の風土の違いについて説明。例えば動画投稿サイト「ユーチューブ」のような著作権侵害の可能性があるサービスでも、米国では裁判を乗り越えながら事業化を目指すが、日本では国の規制や雇用への影響、プライバシーへの配慮を優先する、とした。このため「技術的にはたいしたことがないものでも、米国人の作ったプラットフォームが世界標準となり、日本人が覆すことが難しくなっている」と指摘した。その上で、医療や災害復興、徴税、放送、テロ予防など、ネットが社会を一変しつつある現状を、海外の事例を交えて説明。「世の中の仕組みを変えるのはネット技術ではなく、国民が決断できるかどうかだ」などと語った。講演要旨は次の通り。
私は20歳代前半、インターネットという名前はなかった時から、興味を持ってかかわってきた。1960年代後半、ベトナム戦争が最大の関心事だった時代、米国では軍関係の仕事に就くとベトナムにいかないで済むため、上流階級の大学の先生の息子らが集まったのが今のシリコンバレーだ。彼らは当時、「愚連隊エンジニア」と呼ばれていた。ネットが将来的にどのような影響を及ぼすか、軍が金を出して愚連隊に研究させたのがネットの初期段階。その基礎を作った子たちが、一方で反戦運動もしていた。
その後の米国は苦況が続いた。ベトナムから帰ってきた人が苦しい立場に置かれ、自信をなくしていた。80年代前半は国策として、インターネットと、金融の仕組みを使って、再び違った形で世界の覇権を握ろうとした。米国が唯一成功した産業政策が、インターネットと金融基盤ではないか。「グーグルマップ」は当初、米国防省の衛星を使わせたというぐらい政府とのかかわりが深く、いまだにそういった形で米国のIT産業が発展を続けている。
私が1992年に会社を作り、金を払ってネットを使えるサービスとしてデビューした時は、世界的にも古い会社だった。正確に言うと、政府もそういうサービスは許すはずだと思って始めたが、全部反対された。国がコントロールできない通信を、国は認めにくいということなので、約1年半、技術屋と篭城(ろうじょう)した。通信サービスそのものを始めることができず、大きなチャンスを逸した。技術的に大したものでもなかったので、役所が許せばすぐに追いつくと思っていた。グローバルスタンダードを身をもって体感した。世界中に人が一度、サービスを使ってしまうと、そのサービスを覆すのは難しくなる。
フェイスブックは、ハーバード大学に通うザッカーバーグが、同大に通う人のためのSNS(ソーシャルネットワークメディア)を作った。その仕組み自体が面白いじゃないかとなると、今世界で10億人がつかうサービスになった。米国で使われちゃうと、それが世界標準になってしまう。インターネットほど顕著にそういう結果をつくってしまう産業はない。
日本には、こうした状況を理解して投資する機会がない。深刻ではないか。米国はバブリーなバリューをすぐに埋める金融の土壌がある。日本でグローバルにやろうとなると、お金持ちも少ないため、大企業と何かしら手を組まないと難しい。ところが大企業は、目に見えない産業にかかわることは苦手だ。日本発の技術が現れても、世界標準になっていくといったマーケットに日本はなっていないので、IT産業はいつも後追いになる。
米国の動画投稿サイト「ユーチューブ」を例にみても、インターネットで成功したあらゆる事業は、最初はほぼ違法だ。人のコンテンツを勝手にとってきて、広告をとろうなどという事業を、法律的に認めている国は世界に1つもない。日本でやると、技術的に可能でも差し止めを食らう。
では、なぜ米国は出来たのか。グーグルもユーチューブも毎月数十件の裁判をこなしている。裁判所も、過去の技術的な凡例を参考にしても仕方がないとみなす。まずはやっちゃう。裁判をいとわず、勝訴して乗り越えながら、事業を制度化していこうという風土がある。
私どもも、郵政省にだめといわれても勝手にサービスをはじめて、行政訴訟でもすればよかった。かつて日本の通信は、国際と国内に分けていた。今はインターネットで世界中に発信できる。
ベトナム戦争の時は、権力者と権力を持ったマスメディアしか情報を流せず、泥沼のようになって、多くの若者が亡くなった。こうした意味のない政策をとめるには、情報の受発信の状況を変えれば世の中良くなるし、世界のインテリジェンスが膨らむというのが、かわいい妄想だが、エンジニアたちの思いだった。
ポルノグラフティーも膨らんだ。法律的には禁止されている画像が、欧米にサーバーを置いておけばいい。日本だけ法規制をかけても意味がなくなる。手元でソフトウェアをいれて見えなくすることはできる。ネットは良い面、悪い面があるが、社会の仕組みを変えてしまう。
今、欧州が実験しているのは、あらゆる車の動きをネットでリアルタイムでわかるようにして、走行距離に応じてインフラ税を徴収するというもの。ガソリン税より効率的な方法だ。昔はプライバシーが問題となった。現在では、正確にすると税金が増えるのではないかということで、猛烈な反対運動が起きている。
例えば電力需要について、スマートメーターをビッグデーターにして、個人がどれだけ電気を使っているか、リアルタイムで把握する。この地域の人は、どの時期にどのような電力需要があると解析する。欧米では、プライバシーの侵害とか言っている場合ではなくなっている。危険な社会になればなるほど、隣が何をしているか、国に監視してもらったほうがいいという合意形成が図られつつある。米国ではボストンマラソン爆弾テロ事件以降変わった。
ネットが社会を変えることが、本当に良いことにつながるかどうかわからないが、私どもとしては、より精密にリアルタイムにできるような技術的追求をしている。うまく利用される時は素晴らしい恩恵を得られる。
米国では、患者の医療情報は、病院のものではなく患者のものだという大前提がある。ネットでなにが変わるか。セカンドオピニオンの時に、前のデータを使う。日本でも実施すれば医療費が抜本的に下がるが、医師会は反対している。
患者が活用を許可した医療情報を、開業医さんがネットで無限にとれたりもする。患者の薬の副作用には個人差があるし、一医師の経験だけでは判断出来ないことも多い。誤診や処方の間違いに関するデータも蓄積されている。
これらの情報は、医薬品会社にもすべて開放している。日本の医薬品会社は、米国の同業会社を買収するなどしてデータを蓄積しないと、薬の開発競争に負けてしまう。
日本は規制が多く、こういった取り組みがなかなか進まない。先進国と比較して遅れ続けると、日本はインターネットによるコストセーブもできず、新しい試みによる恩恵も得られない。