毎日・世論フォーラム
第302回
平成29年12月1日
アジア調査会会長 五百旗頭 真

テーマ
「トランプ政権と北朝鮮」

会場:ホテルオークラ福岡

北朝鮮の先制攻撃「可能性低い」

五百旗頭 真 アジア調査会会長
五百旗頭 真 氏

プロフィール

五百旗頭 真
(いおきべ まこと)

1943年兵庫県生まれ、73歳。政治学者・歴史学者。67年、京都大学法学部卒業。69年、同大学院法学研究科修士課程修了(政治学専攻)。81年10月、 神戸大学法学部教授(政治史・政策過程論)85年4月、放送大学客員教授。04年4月、小泉内閣「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員。06年8月から防衛大学校長。東日本大震災に伴い創設された復興構想会議議長に就任。4月より熊本県立大学理事長、公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長。毎日新聞特別顧問、2016年からアジア調査会会長。

 第302回例会はアジア調査会の五百旗頭(いおきべ)真会長が「トランプ政権と北朝鮮」と題して講演、会員120人が参加した。五百旗頭氏は「北朝鮮と米国の力の差は明白で、普通は暴発できない」と、北朝鮮の先制攻撃の可能性は低いとの見方を示した。また、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の挑発的言動について「(武力攻撃を)やれないから心理的に揺さぶりをかけているのが現実だ」と分析。米国の先制攻撃も考えにくいとして、「国連(安全保障理事会)決議による制裁で締め付けられ、北朝鮮が音を上げそうになったときに、トランプ政権が交渉者を立てて話ができるかどうかだ」と指摘した。講演要旨は次の通り。

 北朝鮮は狂気なのか、計算高いリアリズムなのか。どっちなのだろう。それがどっちかによってだいぶ姿が変わるのだが。
 北朝鮮の場合、アメリカに対して軍事行動をやったら何をされても仕方ない。やったらもちろんおしまいだ。何をされても文句は言えない。北朝鮮は、日本が火の海になるとか日本にあるアメリカの基地もたたくとか、まもなくアメリカ本土にミサイルが届くとか言っている。これはやる意志があるからそういう言葉が出てくるのかというと、私は違うと思う。やったらおしまいだと分かっている。従って実際にはやれないと。やらないから心理的効果を最大にする。揺さぶりをかけるため、とんでもない発言を平気でするというのが現実じゃないかなと私は見ている。とはいえ、そういうのがスタートであっても、計算の立つ悪を自認してやっていても、激しいやり合いの中でのっぴきならない事態になるというのは既報のことだ。北朝鮮にとっては悲劇的結果というのが明白であるということから、普通には暴発することはできない。しかし、やけのやん八になってもう駄目だと思った時、日本と韓国は地獄へ道連れだ、というような思いつめをしないことを願いはするが保証はない。
 そしたらアメリカの方は北朝鮮に対してどうするか。対話と圧力。対話がメインで圧力制裁を強化していく。軍事オプションはあるのか。あるんだというのが圧力の一環だから、そういうのはいいのだが、じゃあ軍事的な決着というのはあるのか。
 1994年の第1回核危機の時、ペリー国防長官なんかがテレビに出てきて言っているが、やれば韓国に数万人の犠牲が出る。数万ですむかどうか分からない。38度線に沿って北朝鮮の高射砲が並んでいるから届く。ソウルが火の海になることは避けがたいわけだ。そうすると多くの同盟国の犠牲があるということで、実際的オプションはないというのでカーターさんが飛んでいって枠組み合意をする。もうこれ以上核開発はしない、凍結するという話で、その代わり重油を返上し、軽水炉を国際的に作ってあげると言ってお利口にさせようとしたわけだ。そういう対話は全部食い物にされた。
 じゃあ圧力はどうか。今トランプの圧力がすごい。核だって後ろに控えているわけだ。弾道ミサイルだってアメリカから撃とうと思えばいくらでも撃てる。そういう中で北朝鮮は圧力を大いに受ける。それを受けて田中均がやったようにアメリカの政府内のしっかり者の交渉者が何度も時間をかけて密かに北朝鮮とやらないと合意できない。トランプさんのツイッターだけで交渉ができると思ったら大間違だ。そういう中で、実は交渉する人、国務省の誰かと思っても、ティラーソン国務長官自身がいつ首になるかという状態で、高官たち、北東担当次官もいない。任命されていない。そういう緻密な仕事をする人を任命もせずにおいて何ができるのか。大変心配だ。日本の方がまだ頼まれたら北朝鮮と交渉できる人がいないわけではない。安倍政権は外交に非常に熱心だから、その下で信頼されてやれと言われればやれる人はいるかもしれないが、トランプ政権はそういう態勢にない。
 圧力をかけて本当に軍事行動をするとすれば3種類ある。一つは核攻撃。二つ目が通常戦力による攻撃。そしてもう一つは斬首作戦という、キムジョンウンの首一つを取るという作戦だ。もし3種類の軍事行動をアメリカがやっぱりできないと。それぞれ問題が多すぎるのでやらない場合には何が起こるかというと、封じ込めになる。北朝鮮は長持ちするのか、続かないのか。常識的に言えば続かない。このたびの国連決議による制裁でぎゅーっと締め付けられていく。石油の全面禁輸に中国が賛成するかどうか分からないが、北朝鮮は世界で稼いでいた貿易や人の派遣、いろんなものに全部制裁がかかる。相当きつい。きつくなった時にどうするか。音を上げそうになる。
 その時にトランプ政権はちゃんとした交渉者を立てて、生きていけない事態になるくらいなら核はおやめなさいと、出口付きの話ができるかどうか。アメリカができないのならばトランプの世界唯一の友人である安倍さんが日本の政府内に交渉者を立てて、途中までお世話することができるかどうか。北朝鮮の話は何段階かに分かれて、最終的には長期にわたる封じ込めというところまでいくことも考えておかないといけない。

年度別アーカイブフォーラム