ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局長
ピーター・ランダース 氏
プロフィール
ピーター・ランダース
(Peter Landers)
1969年、米ニューヨーク生まれ。エール大学卒(専攻・東アジア研究)。AP通信東京支局記者、ファー・イースタン・エコノミックレビュー記者などを経て、1999年、ウォール・ストリート・ジャーナル入社。編集者としてニューヨーク支局、ワシントンD.C.支局などで務め、2014年2月から現職。日本語に堪能で、TBS『新・情報7daysニュース・キャスター』ゲストコメンテーターなど、番組出演も多数。
毎日・世論フォーラム・新春講演会は、2月10日、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)東京支局長のピーター・ランダース氏を迎え、「トランプ大統領の誕生と日米経済のゆくえ」と題して講演、会員250人が参加した。ランダース氏は「米国は政策が一貫しない状態がしばらく続く。G7(主要7カ国)で一番安定した日本が前面に出てリードする時代かもしれない」と述べ、国際社会で日本の役割が増していると指摘した。
トランプ氏については「イメージ重視のセールスマンで非を認めない性格」と分析。ワシントンで10日午後(日本時間11日未明)に行われる日米首脳会談を前に「批判に敏感な人なのでいらだたせず、顔を立てるのが戦略だ」と安倍晋三首相に「助言」した。講演要旨は次の通り。
今日はアメリカ人講師が来ているので、新しい大統領が何を考えているのか納得いく説明を求めていると思う。何とかトランプ流を解説しながら、日米関係がどう発展していくか、トランプ大統領はどんな人物なのか、自分なりに説明してみたい。
トランプさんは非常にイメージを大事にする人だ。日本では「不動産王」と紹介されていたが、アメリカではテレビ番組を通じて全国的な知名度を得た。新聞よりもテレビが好きで、テレビで見たことに違和感を感じるとツイッターで反論することが非常に多い。もう一つはセールスマンの側面。一時期ある会社と「トランプステーキ」を作り、「世界で一番おいしいステーキだ」と宣伝していたように、名前を売ることがトランプさんの経済人としての事業の中心だ。よく「製造業を大事にし、古き良きアメリカを復活させる」と言うけれども、実際は何かモノを作るとかよりも、名前を売り、利益を得る事業だった。一方で、嫌なことを言われた、反抗されたなどと思った時は非常に反発してやり返す。非も認めない。大統領選の得票数では約300万票差で負けているが、それを指摘されると非常に嫌がる。「裏で数百万人が違法投票をした」など、いろいろな理由をつけて得票数で負けたことを認めない。大統領になったから今更問題にする必要はまったくないのに、問題にしているところに性格が現れている。
日米首脳会談(日本時間2月11日未明)に臨むに当たり、安倍晋三首相は良く準備していると思う。大統領の性格についても勉強会を何度も開き、どう交渉すれば良いか考えている。批判に非常に敏感な人なので批判せず、顔を立てるのが戦略だろう。もう一つは、具体的な中身はともかく「40兆円ぐらいの新産業を日米でつくる」など数字を提案すること。トランプさんが納得でき、ツイートしやすい材料を持っておく。他には、中国に対する日本の役割を強調すること。トランプさんと中国の周近平主席が電話会談して「一つの中国」を確認したので、米中関係が少し改善に向かっているかもしれないが、台湾や貿易の問題を巡りこれからも緊張する可能性が高く、日本はそれを利用できる。貿易赤字も対中国が対日本の何倍もあり、今回の首脳会談で、日米関係の強化で中国と対抗するという、元々の日本の戦略にトランプさんが乗る可能性がでてきた。
国内では、イスラム教徒が過半数を占める7カ国からの入国を一時的に禁止する大統領令が発令され、連邦地裁が一時的差し止めの仮処分を決定した。それについてトランプさんは「『いわゆる裁判官』の決定に納得がいかない」とツイートした。この発言からは「裁判官と言うが、果たして裁判官なのか」との思いが読み取れる。これはアメリカの近代史で初めてのことだ。ジョン・マーシャル第4代連邦最高裁長官は、法が合憲かを決めるのが司法の一番大事な仕事と定めて「最高裁が駄目という法律は通らない」と宣言し、200年以上その原則が守られてきた。トランプさんが裁判所の役割に異論を唱えるのはおもしろいが前代未聞。仮に最高裁が大統領令を無効にすると決めれば従わざるを得ないと思うが、前代未聞の大統領なので不安がある。
外交でも米中関係、米ロ関係、イランとの関係もこれまでの原則や政策がひっくり返される可能性が高い。勉強不足で、政治、軍事経験がない初の大統領だし、顧問にもそんなに外交経験のある人はいない。政策に一貫性がない状態がしばらくは続く。次のドイツ総選挙でメルケル首相が負けた場合は、安倍首相がG7(主要7カ国)で最年長になる。日本経済は少しずつ復活している。内政も非常に安定し、一貫した政策が期待できるので、前面に出ざるを得ない可能性がある。戦後、日本の首相は常に日米関係を大事にし、今日も安倍首相はアメリカの顔色をうかがっているが、アメリカを頼らず、自分でリードする時代が少しずつ来ているかもしれない。