毎日・世論フォーラム
第333回
2021年6月10日
元駐中国大使 宮本 雄二

テーマ
「急変する米中関係と東アジア情勢」

会場:ソラリア西鉄ホテル福岡

台湾を巡る米中関係 偶発的な衝突を懸念

宮本 雄二 元駐中国大使
宮本 雄二 氏

プロフィール

宮本 雄二
(みやもと・ゆうじ)

 1946年、福岡県生まれ。69年、京都大法学部を卒業後、外務省に入省。国際連合局軍縮課長、アジア局中国課長、米国アトランタ総領事、駐ミャンマー大使、沖縄担当大使などを経て、2006年~10年、駐中国大使。10年に退官後、宮本アジア研究所代表、日本日中関係学会会長を務める。
 著書に「日中の失敗の本質-新時代の中国との付き合い方」(中公新書ラクレ)、「習近平の中国」(新潮新書)など。

 元駐中国大使で宮本アジア研究所代表の宮本雄二氏が6月10日、毎日・世論フォーラム例会で、「急変する米中関係と東アジア情勢」と題してオンライン講演した。講演は会員向けに福岡市のソラリア西鉄ホテル福岡で上映し、ライブ配信した。
 宮本氏は台湾を巡る米中関係について「米国は中国の動きを抑止するため、外交的にレッドライン(最後の一線)を越えようとしている。中国は軍事的に米国のレッドラインを試している」と述べ、米中の偶発的な衝突に懸念を示した。一方で「中国にとって軍事的に手を出すことは何のメリットもない」と強調した。
 また、日米両政府が共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記したことにも触れ、「中国が尖閣諸島問題に手を出したから、日本は安全保障面でさらに米国とがっちり手を結んだ」と指摘。「日中が外交面で協力することなくして、アジアの平和と発展はない」とし、関係強化は日中両国に不可欠だとした。
 米バイデン政権の対中姿勢については「『競争と協力』を打ち出している。トランプ政権ではなかったことで、共存するが中国には負けないという関係だ」と述べた。講演の要旨は次の通り。

 米中関係を中心に世界が大きく変わっていく。そういうなかで東アジア情勢、ひいては日本の立ち位置を説明したい。
 バイデン政権の対中政策は大きなところでトランプ政権の枠組みの中だが、競争と協力というものを全面に打ち出している。日本には、中国にどんどん圧力をかけるという面が強調されて伝わっているようだが、協力の側面も決して軽視していないことを注意しないと、アメリカの対中政策を見誤る。米中関係の懸念は、イデオロギーが入ってきたことだ。習近平さんは、中国共産党がこれからも統治していくために、将来どういう中国を作るかということを打ち出した。中国共産党が国内統治を強化していく観点から打ち出す手は、全部イデオロギーの色彩を帯び始めた。両方がイデオロギーを中核に対立関係になってきて、少しよくない傾向がある。
 安全保障は、日本とアメリカの見解が近いので、アメリカと中国が競争、競合の関係に入れば、日本と中国の安全保障の関係も競争、競合関係に入らざるをえない。以前は日中の安全保障問題は台湾問題しかなかった。しかし、中国が尖閣に手を出したために、日本はアメリカとさらに手を握らなければならなくなってしまった。しかし、アメリカ以上に、日本は中国と協力した方がいい分野がある。外交問題で中国と協力せずに、アジアの平和と発展はない。中国も、日本と角突き合わせてアジア政策は成り立たない。経済といえば何をかいわんやだ。
 アメリカと中国は競争と協力を中核とした平和共存関係で落ち着いていくと思うが、それまでに危機は何回も訪れる。最も突出して危機が表れているのが台湾問題だ。アメリカは外交で中国のレッドラインを試そうとして、中国は軍事力でアメリカのレッドラインを試そうとしている。非常に危険な状況だ。
 中国が台湾に軍事的介入をすることは得ではない。国際社会で大変なバッシングを受け、半導体含めて台湾経済は崩壊し、中国経済にも影響する。国民が理解する状況ではないのに軍事的行動に出たら、中国共産党自体に対する批判も起こりうる。こんなに損得勘定の合わない行動はない。
 日本は中国との対話を強化しないといけない。米中も同じだ。中国にいい意味での方向性の転換をしてもらうということだと思う。経済に関して言えば、我々の要求通りにすることが実は中国経済の効率を高めることになる。中国が持続的な成長をしていくためには、中国の構造改革、それは効率性を高める、労働生産性を高めるという方向でやるしかない。そのために政府の関与はできるだけ小さくした方がいいという方はたくさんいる。したがって我々の要求と関係なく、経済政策を変えてくる可能性があると思う。
 外交に関しては、「戦狼外交」は中国の大失策だった。指導的な超大国になりたいのは中国の人の願望だろうから、それにふさわしい立ち居振る舞いが必要だ。自分の言うことをきかない相手国が間違っている、場合によっては力によってでも言うことをきかせるというロジックを早く諦めて、お互いに尊重しあうという姿勢で、話し合いで解決するという大原則に戻ってほしい。軍事安全保障に関して言えば、中国の人はなぜ人民解放軍を増強するのか、なんのためにこれだけ巨大な軍事力をもっているのか、これを世界の人が分かる、とりわけ近隣諸国、世界の主要国が理解できるような理屈と言葉で説明する義務があると思う。それができなければ、中国の大国化は近隣諸国、世界の主要大国にとって、軍事的脅威の増大になってしまう。
 日中関係は難しい状況になってきた。中国もこういう日中関係は初めてだと思う。日中関係はいろんな問題で苦労してきたが、それは日中だけの問題だった。日米がひとかたまりの状況での対日政策を中国はやったことがない。結論は、中国の対米政策と似たものになると思う。中国にも、日本との経済関係、外交関係は大事だ。そこを考え抜いて、日本に対する政策を打ち出されていくと思うが、2012年の尖閣国有化直後のような対日政策ではないと思う。もう少し安定した、もう少し成熟したものになるのではと思う。
 中国国民の日本に対する好感度は空前のレベルまで上がった。皆さんが抱く中国のマイナスイメージは、何が代表しているか。それは中国政府であり、外交部スポークスマンだ。みなさんの中国のイメージに一般の中国人のイメージは入ってこない。この人たちは、中国の夢もいいが、今日明日の生活、そのために必死に働いている。それが中国の普通の人。この人たちが日本にこれだけの好感をもってくれている。政府や党はいずれ終わるが国民は永遠。国民同士の関係をさらに強めていくことが非常に重要なことになる。

年度別アーカイブフォーラム