毎日・世論フォーラム
第330回
2021年2月18日
JAXA宇宙科学研究所 はやぶさ2 プロジェクトマネジャー 津田 雄一

テーマ
「人類未踏の小惑星からの帰還 -はやぶさ2の成果とマネジメント-」

会場:ソラリア西鉄ホテル福岡

大きな挑戦できる環境づくりが重要

津田 雄一 JAXA宇宙科学研究所 はやぶさ2 プロジェクトマネジャー
津田 雄一 氏

プロフィール

津田 雄一
(つだ・ゆういち)

1975年、広島県生まれ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛翔工学研究系教授。東京大大学院航空宇宙工学専攻博士課程を修了し、2015年、史上最年少の39歳でプロジェクトマネジャー(はやぶさ2プロジェクト)に就任。600人ものチームを率いて、宇宙科学研究所の探査機「はやぶさ2」により、小惑星リュウグウから採取した石を地球に持ち帰るミッションを成功させた。著書に20年11月出版の「はやぶさ2 最強ミッションの真実」(NHK出版新書)。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ2」のプロジェクトマネジャー、津田雄一氏が2月18日、毎日・世論フォーラム例会で「人類未踏の小惑星からの帰還~はやぶさ2の成果とマネジメント」と題し、オンライン講演した。はやぶさ2は2020年12月、小惑星リュウグウのかけらを地球に届けた。津田氏ははやぶさ2の使命を、惑星間往復飛行を実現する技術的意義▽採取した石や砂から太陽系の起源を探る科学的意義▽フロンティアに挑戦する探査としての意義――と説明。岩だらけのリュウグウへの着陸など多くの難題を解決できた背景を「誰も知らない答えにどうたどり着くかが求められる。600人のメンバーが相互に問答する場を作ることを心がけた」と語った。リュウグウに2回目の着地をするか議論になり、周到な準備をし成功したエピソードに触れ「挑戦がない仕事は面白くない。一方で、事業全体が失敗するようなギャンブルはしない。大きな挑戦を積極的に提案できる環境作りが重要だ」と述べた。
 講演は、JAXA相模原キャンパスとつないだ会場のソラリア西鉄ホテル福岡で上映したほか、希望する会員にライブ配信した。講演の概要は次の通り。

 プロジェクトリーダーとして、はやぶさ2の飛行をマネジメントしてきた。打ち上げに至る経緯と得た主要な成果、マネジメントの観点で心がけたことやうまくいったこと、いかなかったことをお話しできればと思う。
 2020年12月6日、はやぶさ2のカプセルが地球に帰還した。カプセルの中にリュウグウのサンプルが入っていた。大きいので5ミリくらい。はやぶさ1号は細かい砂1粒にも満たない量だった。何千倍のもの量を持って帰ってきたので研究が楽しみだ。
 はやぶさ2はリュウグウという小惑星に行った。打ち上げはおよそ6年前の2014年12月3日で、3年半の飛行の後に到着し、現地で1年半滞在した。目的は三つ。技術で世界をリードする、行きたい小惑星に行く。もう一つが探査としての意義。社会に良い影響を及ぼすことに積極的に取り組もうということで掲げている。
 リュウグウは火星と地球の間を行ったりきたりする軌道で、炭素と水が豊富らしいと分かった。リュウグウという特別な天体を通して宇宙を見ることで、太陽系の歴史を調べることにつながる。小惑星に行って帰ってくる惑星間往復飛行を世界で初めてできた。
 遭遇した三つの難局という形で整理したい。リュウグウには平坦な地形がなく着陸場所が見つからない。どうしても成功させなければいけないので、世界中の小惑星の専門家が写真に写った石の大きさを全部測り、着陸場所を選んだ。目印のターゲットマーカーを自動で見ながら降下してかつ真上でなく横に着陸することを目指す。プログラムを新たに書き換えて、3億キロ離れたはやぶさ2をアップロードして決行した。着陸の決行日にも問題が起きた。24時間前から降下を始めるが、はやぶさ2が誤作動を起こしてできなかった。通常は、セオリーとしてその日は中止にするが、訓練を積み上げたことが功を奏して実行できた。
 宇宙探査は究極の探検。はやぶさ2の探査機を作る時にリュウグウの様子は分からない。科学的知見でリュウグウを想像してもらい設計図を作る。科学者のいうことも全部信じる訳でなく、想像から外れた場合にも備える。宇宙に1回打ち上がったら手出しできないので、計画通り行かなくてもミッション遂行できるよういろんな分岐を事前にたくさん考える。こういうことができると、初めてサイエンティフィックな要望に応えられる。
 事前に答えが分からないところに行くので、答えを解けるチームでなくて問題を作れるチームになろうということを心がけた。総勢600人いるので頭脳、能力を発揮できる環境を作ることがリーダーのやることと考えた。管制訓練というものを作った。管制室の隣にシミュレーター室を置いてつなぎ、わざとトラブルを起こす。厳しい訓練をすることで本番では失敗しにくいチームを作ることができた。
 この後、はやぶさ2は小惑星に穴を空けることをやった。衝突装置という装置を分離させて、これが爆発する。探査機は壊れないように小惑星の陰に隠れる。隠れたころを見計らって衝突装置が爆発をして大穴を空ける。こうやって地下物質をさらけ出す。分離機を送り込んで、カメラがあって危険な場所で撮影して、電波で自分がやられる前に探査機に信号を送った。大成功した。クレーターができる瞬間を天体上で撮影したのは世界で2番目だ。
 第2回の着陸をするかは激論があった。1回の着陸で貴重なサンプルが入っている。まずいことがあれば、1回目のサンプルもろとも失う可能性がある。JAXA上層部はやるなとなったが、我々は3回の着陸までできるシナリオを組んでいる。科学的にも1点のサンプルより2地点のサンプルの方が、比較ができるという意味で価値は非常に大きい。はやぶさ2の工学チームは絶対できると判断していた。科学チームも第2回をぜひやってほしいと判断してくれた。最終的に失敗しても探査機は壊れないということを証明して全会一致でやろうとなった。
 背後には、はやぶさ2プロジェクトの事業への向き合い方がある。チーム内で共有したのは、チャレンジはするがギャンブルはしないということ。できることを安全な範囲内でやっているのはモチベーションが続かない。何が我々をやる気にさせるかというと挑戦。挑戦は失敗の裏返しでもあり、失敗を許容しないと挑戦はできない。挑戦がない仕事は面白くない。このことと事業全体の失敗をするなということとどう両立するかが重要だ。もう一つは、メンバーの心理的な安全性。提案した結果、失敗したとしてもその人の責任にならないよう、心理的な安全を担保した上で挑戦的な提案をしてもらう環境を作ることが重要だと思う。2019年7月17日に実際に第2回の着陸を決行した。大成功だった。
 全部で5.4グラムのサンプルが採れていて、第1回と第2回の着陸はそれぞれ別々の容器に入っている。はやぶさ2自体は飛行を続けていて、あと二つ小惑星に向かう。最初の1個が26年、その後31年に新しい小惑星に向かう。使えるところまで使いたい。
 はやぶさ2が見せたものはいくつかの観点から整理できる。はやぶさ2だけで大成果が得られた訳ではない。はやぶさ1でいろんなトラブルや克服があった。長い目で挑戦を育てる、評価することが重要。大きなプロジェクトのマネジメント技法としてもうまくいったのは安心した。それからありがたかったのは、子供たち。大人でも分からない言葉で質問してくる。「クレーターをつくるときに爆発を伴うけどサンプルは汚染されないか」と聞いてくる高校生とか、レベルの高いところで科学に疑問を抱くことは非常に重要で、はやぶさ2が一助になったことは実感する。
 小惑星探査は科学、技術だけでなく社会的な意義も増している。隕石として地球に降ってくるのをどう防ぐか、あるいは資源として使えないかというところ。こういうところに世界は目を向け始めている。人類未到の地こそ知のフロンティアだと思うので、はやぶさ2は最先端の科学を使った究極の基礎科学。基礎科学はそういう遠い目で見て人類全体を高みに導く効果がある、という魅力を見せていければと考えている。

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