元東レ経営研究所社長
佐々木 常夫 氏
プロフィール
佐々木 常夫
(ささき・つねお)
1944年、秋田市生まれ。69年、東京大経済学部を卒業し、東レ(株)に入社。自閉症の息子や、持病で入退院を繰り返す妻を支えながら、さまざまな事業改革や破綻会社の再建に取り組み、2001年、同期トップで取締役に就任。03~10年、東レ経営研究所社長を務めた。10年から、佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表として経営者育成プログラムの講師などを務める。内閣府男女共同参画会議議員や大阪大客員教授なども歴任した。
「働く君に贈る25の言葉」「人生の教養」「9割の中間管理職はもういらない」など著書多数。
元東レ経営研究所社長の佐々木常夫氏が5月13日、福岡市のホテル日航福岡で開いた毎日・世論フォーラム例会で「コロナ以降の社会と働き方」と題して講演した。
佐々木氏は新型コロナウイルス後の働き方として、一括採用や終身雇用などを基本とする「メンバーシップ型雇用」から、職務内容や勤務地、報酬などを決めて契約を結ぶ「ジョブ型雇用」への移行が識者の間で話題に上っていると指摘。「日本では移行は難しいのではないか。正当な報酬を決めるのは困難で、仕組み全体を整備しなければならない」とし、両方の働き方を組み合わせた「ハイブリッド型」を目指すべきだと語った。
また、新型コロナの感染拡大がもたらす負の側面として「失業者が増え、経済格差が拡大する。お金持ちはどんどん富むようになる」と懸念を示した。講演要旨は次の通り。
東レという会社で企画、管理などスタッフの仕事をする傍ら、自閉症の子どもを育て、うつ病などで入院した妻の見舞いをしてきた。苦境をどう乗り切ったか。会社の仕事はできるだけ計画的、効率的にやるように徹底した。
政府は働き方改革法案なるものを国会に通し、企業はワークライフバランスとか、働き方改革をしようと言い始めている。ワークライフバランスというのは、仕事の改革があってはじめて実現できる。働き方改革もそうだ。
会社を変えようと思ったら条件がある。一つはトップだ。日本の製造業の競争力は世界最強と言われているのに日本のホワイトカラーの生産性は最下位レベルだ。これはトップが自分の仕事をしていないからだ。変えるためには仕組みをつくらなければならない。
SCSKというITベンダーがある。ITベンダーはざっと月100時間ぐらい残業をする。この会社は1日1時間もやってない。この会社は、部長らみんなでどういう会社にしたいか議論し、具体策を決めて実行していった。例えば業務の見直し、毎日毎週その組織の業務の優先づけだ。目的は残業を減らすことではなかった。生産性を上げる、その一環として残業が減っていく。残業は毎年減っていっているのに、会社は増収増益を5年続けた。そこでトップが減った残業代を社員に還元した。
島根県に従業員10人ほどの小さな建設会社があった。この会社の悩みは社員がやめていくこと。事業規模を維持できない。この会社のトップは出産祝い金を出すなど一人一人の社員に寄り添って、社員がやめないように施策を導入していった。この会社がどうなったか。資格者が増加し、仕事の質が向上した。やめないどころか、うわさを聞きつけて東京、大阪に行っていた人が島根県に戻り、この会社に再就職してきた。これは小さい会社だからできる。じゃあ、大手では無理かと言ったら、そんなことはない。私は制度より風土、風土より上司だと思っている。
今日のテーマはコロナ以降だ。どう変わるかちょっとだけ触れたい。都市から地方へ人が移動するのではないか。東京の場合、入ってくる人間より出て行く人間が多くなったというのはこれからいろんな意味で出てくる。産業構造の変転、雇用レベルでは当然失業者の増加、経済格差の拡大。お金持ちはどんどん富んで、貧乏な方は貧乏にということだ。それから企業の数が減少している。廃業はものすごく多く、非常に減り副業が増えてきている。
働き方の変化も進展している。識者の間では、雇用はメンバーシップ型という日本的なものからジョブ型に移行するのではないかと言われている。メンバーシップ型は新卒を一括採用してジョブローテーションで育成する年功序列、終身雇用。ジョブ型は欧米型。契約、職務・勤務地・報酬などを決め、その仕事のために人を雇うので、年齢とか勤続年数は関係ない。ジョブ型が良いというのは契約の更新時に、給料増やそうと思ったら、仕事を増やすか質を向上させるかという方向に行く。報酬設定ができ、その業務に必要な人と契約する。
今後はそうなるのではと言われているが、私は難しいのではないかと思っている。日本の人材マネジメントというのは採用、育成、評価、配置が一体で動いている。評価を変えようとすれば、この仕組み全体を整備しなければならない。目指すべきは日本型とジョブ型を組み合わせたハイブリッド型ではないかと思っている。一括採用で45歳とかベテランになった時にジョブ型を導入していけば良いのではないか。能力がないのに50代で給料が高くなっていくというのは不自然だと思う。
コロナの前から起きている現象があって、それはデジタル化だ。デジタルトランスフォーメーションという言葉をこのところ毎日聞く。デジタル化の特徴というのは処理ができ、分析・検索ができ、無料化・低価格化が起こり個別対応ができる。人間ができる範囲を超えたものだ。これに伴って働き方も変えていく必要があるのではないかと思っている。特に大きいのはテレワーク。コロナが起きて最初のころはテレワークと言われ、通勤ロスがなくなる、無駄な会議が減る、家でやるので集中できて生産性も上がる、家族関係にもプラスだと言われた。ところが、やっているうちにマイナス面が出た。会社にいるから効率的なことってある。コミュニケーションをいろいろする。プロセスが見えないので、究極の結果主義、成果主義になりかねない。人によっては、家族がいるためにかえってストレスがかかっていく。職場とか職種によって使い分けていけばいいのではないか。
テレワークが浸透して、管理職の役割がはっきりしてきた。不要な管理職というのは生産を生み出さない仕事をやっている人。正しい管理職の役割の一つは、組織のメンバーが働きやすい環境をつくるというエンゲージメンター。もう一つは新しいビジネスモデルをつくっていくということ。今回のコロナでこれがはっきりしてきたのではないか。リーダーはいつでも、時間的余裕を持っていなければならない。管理職が忙しそうにしていると部下は相談に来ない。悪い情報が入ってこない、良い情報をとりにいけない。
働き方というのは生き方のこと。自分の働き方、生き方を主体的に考えるということが大事だ。よい習慣は才能を超える。タイムマネジメントは時間の管理ではなく仕事の管理。人が大事でコミュニケーションと信頼関係。管理職の仕事はモチベーション、働くとは共に成長することだ。私は4歳で父を亡くした。母は19でお嫁に来て、4人の男の子をもうけ、27歳で未亡人になった。大変苦労したが彼女はいろいろなことを私たちに語りかけてくれた。その中で一番多かった言葉はこの言葉だ。「運命を引き受けろ。運命を引き受けて頑張れ。頑張っても結果は出ないかもしれない。でも頑張らなかったら結果は出ませんよ」。私の家庭もいろいろなことがあったが、今は大変幸せな毎日を過ごしている。