元外務事務次官
薮中 三十二 氏
プロフィール
薮中 三十二
(やぶなか みとじ)
1948年大阪府生まれ。70歳。大阪大学法学部在学中に外交官試験に合格し中退。北米局課長時代に日米構造協議を担当。アジア大洋州局長として六ヶ国協議の日本代表を務め、北朝鮮の核や拉致問題の交渉にあたる。経済・政治担当外務審議官をへて、外務事務次官を2010年に退任し、外務省顧問に就任。現在、薮中塾グローバル寺子屋・塾長。著書に『日本の針路 ヒントは交隣外交の歴史にあり』(岩波書店 2015)『トランプ時代の日米新ルール』(PHP新書、2017)など
第311回例会は、元外務事務次官 薮中三十二氏が緊迫する東アジア情勢と日本外交の課題」と題し講演、会員150人が参加した。
藪中氏は6月の史上初の米朝首脳会談の合意内容について「北朝鮮の核ミサイル開発を完全に放棄させられるかが問題の本質だが、そうはなっていない」と批判。北朝鮮は核兵器の保持に世界が慣れるのを狙っていると指摘し、「(米トランプ政権は)朝鮮戦争の終戦宣言を出す代わりに、(北朝鮮が)具体的な非核化の措置を取るという条件をつけるべきだ」と訴えた。今後の日本の外交については「日米同盟を堅持しつつアジアと共生できるのは日本だけだ」と述べ、アジアの平和をつくるイニシアチブを日本が取るべきだと強調した。講演要旨は次の通り。
東アジア情勢と日本外交の課題について話したい。トランプ米大統領は日本では割と評価が高いが、ヨーロッパに行くととんでもないやつだということになっている。それは日本には安倍、トランプの関係があってボールが向かってきていないからだ。しかし、少し長期的、国際的に見ると今、大混乱を引き起こしている。それには二つの側面がある。
戦後70数年たつが、その間に世界の平和と安定、繁栄を下支えしてきたインフラがある。安全保障のインフラは同盟関係だ。これは、アメリカとヨーロッパの結束であるNATO(北大西洋条約機構)の同盟関係が一番にあった。ソ連と対抗し、あるいはソ連崩壊後も世界の混乱と立ち向かう体制だ。それをトランプさんは、あんなものは時代遅れで大したことがないということにしている。その同盟関係というのはヨーロッパ側においてはNATOだが、アジアにおいては日米同盟関係だ。これは対岸の火事ではなくて、我々自身の問題として考えなければいけない。
もう一方は経済。これは戦後、自由貿易体制でずっとやってきたが、ある意味、保護貿易との闘いだった。とにかくより自由な、より世界的な貿易関係を築くのが世界の安定に資すると。1929年大恐慌後に米国が関税を引き上げ、それが第2次世界大戦を引き起こした要因の一つだという反省に立ってできた体制でもあった。しかしトランプさんはそんなもの大嫌いだと。それは米国のためになっていないという。
安倍首相も困っていると思うが、トランプさんは外交上の共通の価値観、例えば民主主義や表現の自由、人権ということにほとんど関心がゼロだ。彼の関心は力そのもの。自分のためにいいかどうかだ。そういう人だということは理解しておかないといけない。今は安倍さんもトランプさんが嫌なことは一切言わないからうまく行っている面がある。しかしいつかは嫌だと言わなければならない。その時にどうなるかだ。
今日の一つの大きなニュースは、米国が年間輸入額2000億ドル相当の中国製品を対象に10%の関税をかけることを決めた。いよいよ貿易戦争かという話だ。アメリカはここにきて競争相手として急速に中国を警戒している。トランプさんはどこかで止めようと思っている。習近平国家主席とトップ同士で会談すれば解決すると思っている。そこを中国がうまくハンドルできるかどうか。閣僚に頼っているのでは決してうまくいかない。
そして北朝鮮だが、トランプさんにとってなぜ北朝鮮が大きな問題になっているか。オバマ政権では、北朝鮮の核ミサイルは問題じゃなかった。なぜトランプさんになって急に変わったかというと、北朝鮮の核開発をこの数年間見ていると、これはいよいよ本土を狙うなと。米国本土を危険に陥れるような核ミサイルを1、2年のうちに持つんじゃないか。これが一番ポイントだった。米国本土が脅威にさらされるという状況を受け止めないといけない。
最後に6月12日に何が起きたかを振り返る。この米朝首脳会談は歴史的な会談だった。ただ、本来この会談の前にもっとやらないといけないことがあった。問題の本質は北朝鮮の核開発だ。北朝鮮の核ミサイル開発を完全に放棄させられるかどうかだ。そういう目から見ると本当に甘甘の会談だった。トランプさんは朝鮮戦争を終結できればノーベル賞だという方に頭がいっていた。非核化なんてなかなか出てこない。我々が言うべきことは核兵器の廃棄だが、そうはなっていない。
私が米国に期待しているのは、北朝鮮は終戦宣言がほしいと。今日の南北首脳会談でも当然そういう話は出てくる。それと非核化。だから終戦宣言を出せばいい。その代わり具体的な非核化の措置をまず取れと。北朝鮮がどういう核開発をやっているかを全部明らかにする。その上でそれを検証して廃棄していく。その面倒臭さこそが非核化では大事だ。北朝鮮が狙っているのはパキスタン化だ。核兵器を持っても国際社会は慣れてくる。そうすると日本は困る。だから安倍さんはトランプに「もうちょっとしっかりやってくれ」と注文をしないといけない時期だと思う。
日本は東アジアでやっていく上で非常にいい立ち位置にいる。中規模高品質国家として片方に日米の同盟関係がある。世界一の国を同盟国として持つのは意味がある。その上でアジアと共生していくということ。それができるのは日本だけじゃないか。日本の首相に期待するのは、日本がアジアの平和を作るんだという気概でリードしてほしいと。それができる舞台がそこにはあって、ASEAN(東南アジア諸国連合)の国々はそれを期待している。中国も二言、三言目には平和、平和と言う。平和で押し込んでいく。それが平和外交であり、平和イニシアティブということを申し上げたい。