毎日・世論フォーラム
第310回
平成30年7月18日
毎日新聞政治部専門編集委員 倉重 篤郎

テーマ
「転機の日本政治」

会場:ホテルニューオータニ博多

総裁選の争点、議論すべき

倉重 篤郎 毎日新聞政治部専門編集委員
倉重 篤郎 氏

プロフィール

倉重 篤郎
(くらしげ あつろう)

1953年東京生まれ。78年東大教育学部卒業、毎日新聞入社。水戸、青森支局を経て東京本社整理部、85年から政治部。2001年千葉支局長、03年政治部編集委員、04年政治部長。06年大阪本社編集局次長、07年東京本社編集局次長、11年論説委員長。10年より専門編集委員兼論説委員。 著書に『小泉政権の1980日(上・下)』(行研)、『千葉つれづれ-支局長の日曜コラム』(崙書房出版)など。現在弊社『サンデー毎日』の「サンデー時評」を執筆中。

 第310回例会は、倉重篤郎・政治部専門編集委員が「転機の日本政治」と題し講演した。会員160人が参加した。倉重氏は9月の自民党総裁選について「安倍晋三首相の3選の確率は冷徹に見ても7割」との見方を示した。「ポスト安倍」候補の岸田文雄政調会長や野田聖子総務相が出馬する可能性は現時点では低いとの認識を示したうえで、「安倍首相と石破茂元幹事長のガチンコ勝負になる公算が大きく、現状では1回目の投票で安倍首相が過半数を取る」と予測した。一方、森友・加計学園問題や拉致問題などの波乱要因を挙げて「総裁選の間際まで何が起きるか分からない」とも述べた。総裁選の争点については「政治や外交、経済問題への安倍首相の対応を継続するのか、変えるのかを議論すべきだ」と強調した。講演要旨は次の通り。(この日岸田文雄・自民党政調会長が講演予定でしたが、急な国会召集のため、倉重氏が代理講演しました)

 今日は政局の関心事について話したい。まず安倍3選だ。今のところ安倍さんが3選を狙うのは既定の事実だ。石破さんもある程度態度を明確にしている。ここで一番クエスチョンなのは岸田さんがどうするのかだ。
 岸田さんには二つのリスクがある。一つは勝てない時に戦って木っ端みじんにやられて加藤の乱のようなことが起きるんじゃないかというリスク。もう一つは出なかったことで派閥の領袖を引きずり降ろされるリスク。岸田さんの頭の中にはこの二つの極端なケースが念頭にあって、どちらを向いたらいいかいまだに定まらない。ただ、いろいろ話を聞くと、岸田さんの印象に濃厚に残っているのは加藤の乱の時の敗北感だ。だから、ここは戦わずして禅譲を待った方がいいという方が強くなっている。
 それから野田聖子さん。彼女が一番やる気があるが、彼女の人脈だけで20人の推薦人を集めるのは難しい。安倍サイドには、意図的に推薦人を貸して安倍VS石破の間に1人入れて、そこで石破票を食って安倍を一発で勝たせる戦略があった。しかし、岸田さんが出ないなら安倍と石破の一騎打ちにして石破を徹底的に打ちのめすという戦略になりつつある。最終的には安倍、石破のガチンコ勝負になる公算が大きい。
 安倍3選があるかどうかを考える時には、政治の大局がどこにあるかを考えるのが重要だ。私なりに解説すると、一つは森友・加計問題をどうみるかだ。私の見立てでは内閣総辞職に値すると思っている。問題の本質は行政権の私物化と国会へのうそ。ずっと政権を握ってきたことの緩みが二つの事件になって出た。それから安倍さんが3選を狙うための最大の大義名分の改憲が事実上、困難になっている。安倍外交もあまり具体的成果を得ていない。経済政策はアベノミクスの成果の一方で陰の部分もある。
 自民党には、安倍さんが所属する清和会のような右よりの政策、国権の強化を重視する流れと、宏池会的な経済重視の二つの流れがあった。国権の強化の後には経済重視の政策を展開していくというのが自民党の上手な政権、政策の回し方だった。だから、そろそろ宏池会に移ってもいいんじゃないかという暗黙の見立てが永田町にはある。政策的なニーズもそちらにある。
 大局から見れば、安倍さんがそろそろ変わってもいいんじゃないかという流れだと思うが、実態は安倍さんが強い。何より運が強い。それから老獪だ。2度目の政権だから賢い。無理なことをしない。妥協する。それから自民党が野党に下るのは絶対に嫌だということで一体感がある。
 制度的な問題として、1994年の細川政権で成立した小選挙区比例代表制がある。権力集中型の選挙制度で、政権党の中で批判が起きない仕組みになった。首相のグリップが政権与党内にも官僚にも効いている。それだけじゃない、メディアにも効いている。そういう面もあって安倍1強は維持されている。
 総裁選で安倍さんを支持するのは、安倍さんのお膝元の細田派、清和会。これが94人いる。2番手が麻生派、これが59人。そして自民の最高実力者である二階派の44人。この3派体制でほぼ200人になる。自民の国会議員は405人だから、ほぼこれで過半数。じゃあ党員票でどっちが多くとるのか。石破さんの参謀の鴨下一郎さんの見立てによるとほぼ拮抗している。そうすると安倍さんが国会議員票200プラス党員票200弱で400弱。石破さんが党員票200強で議員からどれくらい取るか。岸田さんも野田さんも出ないと石破に結集する可能性はあるが、当然勝ち馬に乗ろうとする人もいる。そうすると、どう考えても今の段階では安倍さんが1回投票で過半数を取る。
 ただ、そうじゃない要因をいくつか挙げると、まずは森本・加計問題に対する批判が自民党内で鬱積している。いわゆる面従腹背になっている。それから拉致問題。これが解決に向かう時に向こうから何が出てくるのか。若干恐ろしい面を感じていると思うが、安倍さんにとっては修羅場になる。そして注目すべきは竹下派という派閥だ。この派閥は久しく総理大臣を出していないが、何とかかつての清和会ではない大平・田中連合軍の方に政治を回したいと思っている。彼らが最終的にどう判断するかだ。
 安倍政権は、変化に対する一つの回答を出していると思う。中国の台頭に対しては日米同盟を強化する。政治体制については今の仕組みを作って安倍1強で乗り切ろうとする。そして経済に対しては異次元緩和。それなりの回答を彼なりに出している。総裁選では、この安倍さんの対応が継続でいいのかどうかを議論すべきだ。安倍さんの路線に対する新たな路線が出るか出ないかが総裁選の争点だし、来年の参院選に向けて野党も参加した形での政策論議の中心になるといいなと思う。安倍さんの再選は非常に冷徹に見た場合は7割。ただ、総裁選は間際まで分からないというのが実態だと思う。

年度別アーカイブフォーラム