毎日・世論フォーラム
第305回
平成30年2月26日
元宮内庁長官 羽毛田 信吾

テーマ
「天皇陛下ご退位に思う」

会場:ホテルニューオータニ博多

退位、恒久法対応促す

羽毛田 信吾 元宮内庁長官
羽毛田 信吾 氏

プロフィール

羽毛田 信吾
(はけた しんご)

昭和17年4月山口県生まれ(76歳)、山口県立萩高校、京都大学法学部卒 40年4月厚生省入省、平成4年1月内閣官房首席内閣参事官、7年7月厚生省老人保健福祉局長、10年7月厚生省保険局長、11年8月厚生省事務次官、13年4月宮内庁次長、17年4月宮内庁長官、24年6月宮内庁参与(非常勤)、24年11月昭和館館長、27年4月母子愛育会理事長

 第305回例会は、元宮内庁長官の羽毛田(はけた)信吾氏が「天皇陛下ご退位に思う」と題し講演、会員150人が参加した。羽毛田氏は、天皇陛下の退位が特例法により制度化されたことを評価しつつ「退位の問題は普遍的な課題」として、恒久法での対応を検討すべきだとの認識を示した。また「象徴天皇のあり方と体力の限界というジレンマの中で、いかに円滑に皇位を継いでいくかを考えるのが退位の問題の本質だ」と指摘。陛下の退位の意向がにじんだ一昨年8月のおことばについて「象徴天皇は何をなすべきかを徹底的に考えられた末の表明」と述べた。女系天皇などを含めた皇位継承問題については「国民の共感と信頼を得る道は何かを議論の基本に据え、早急に検討すべき課題だ」と強調した。講演要旨は次の通り。

 平成という時代に天皇陛下はどのようなご信念で、どのようなご活動をなさってきたのか。今回のご退位をどう捉えればいいのか、私なりに考えたところを話したい。
 象徴天皇にかける天皇陛下のご信念とご覚悟を一言で申し上げるならば、国と国民のために尽くすということと、平和を願うということ。この二つのために全身全霊を傾けて務めるということに尽きる。その積み重ねによって象徴天皇の内実を作られ、それが定着してきたのが今日ではないか。そういう意味で象徴天皇のありようを積極、消極両方の意味で日本に位置づけられたのは、陛下ご自身ではなかったか。
 一昨年8月8日の退位にいたるおことばが、象徴天皇のあり方の陛下のお考えを凝縮したものだと思っている。ご活動あっての天皇というのが陛下のご信念だと思う。陛下における象徴天皇のあり方を具体的に示す典型例というか、集大成というか、それが東日本大震災におけるなさりようだった。心を込めてお見舞いになられる両陛下と、それに応えて不幸のどん底から何とか前向きに生きようとする人たちの息吹みたいなものが伝わってきた。陛下は災害の被災者はもちろん、高齢者や障害者のような弱い立場の方々、さまざまな困難を抱えて厳しい環境下で暮らしている人たちのことを常に気遣って心を寄せていらっしゃる。またその人を支える人、お世話する人たちも大事に思ってらっしゃる。
 天皇陛下における国民とは何であろうか、というのを改めて考えてみると、陛下の場合には抽象的な国民全体というのがいきなりあるのではなくて、国民一人一人といかに心を通わせるか、その先に国民全体があるという、そんな頭の整理になっていらっしゃると私は思う。森を見て木を見ずというのは政治や行政の立ち場の人たちがえてして陥りやすい間違いだが、陛下は木を見てしかる後に森全体を見る。つまり国民一人一人の喜び悲しみをわかりながら、その積み上げとして全体を考えていらっしゃる。
 政府における有識者会議で退位の問題が論じられた時に、象徴天皇というものに二つの考え方があるなということがはっきりした。一つは積極的に国民と接し、あるいは心を通わせるという天皇像。もう一つは一般国民から超然とした雲の上の存在こそ望ましいという天皇像だ。私は国民と積極的に接し、心を通わせる天皇像しか今後の天皇はあり得ないのではないかと考えている。ご活動あってこその天皇というのが象徴天皇の今後のあり方だろう。
 一方、お年を召してこられれば体力の限界は当然免れない。ご活動あっての天皇という象徴天皇のあり方と、体力に限界が出てくるというジレンマの中で、円滑に天皇の位を継いでいくにはどうしたらいいかを考えるのが退位の問題の本質だ。そして陛下のおことばはそういう事を考え抜かれたものだと思う。陛下のお気持ちの表明があったことを、単に陛下が年をとられて疲れやすくなられたから、という個人的理由だったととってほしくない。あくまで象徴天皇は何をなすべきか、ということを徹底的にお考えになった末にお気持ちの表明になったと捉えたい。退位の問題は今の陛下だけのことではなくて、今後もあり得ることとして考えていくべきものだろう。今回、特例法という形ではあったが、陛下のこうしたお気持ちを踏まえた制度化ができたことを喜ぶ。
 陛下が大事になさっていることのもう一つの柱は、平和を大事にするということだ。陛下は戦争の歴史に謙虚に向き合ってそれに学ぶことの大事さを繰り返しお述べになっているし、時がたつにつれて戦争の記憶が風化することをご懸念になっている。平成もあと1年3カ月ちょっとで終わるわけだが、このまま何もなければ明治以降で唯一日本が参戦しなかった時代が平成だ。今上陛下の平和を願われるお気持ちを思う時、この実績が今後の時代においても長く続いてほしいと願う。
 皇室の課題の一つは皇位継承資格者の問題。もう一つ、問題があるのは女性の皇族の場合には結婚なさると自動的に皇室の任務を離れるということだ。未婚の女性の皇族が今7人いるが、その方々が早晩皇室を離れられるということになると、皇族の数がうんと減る。将来の国民の共感と信頼を得る道は何だということを基本に据えて議論が収れんすることを願う。急ぐべき課題と言わざるを得ない。平成の時代は終わるが、次の時代も国民の尊崇を集め、国民の心の支えとなる皇室であり続けてほしい。

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