毎日・世論フォーラム
第292回
平成28年11月25日
国際政治学者 三浦 瑠麗

テーマ
「欧州危機とその世界経済への影響」

会場:ホテルニューオータニ博多

トランプ氏、同盟見直しありうる

三浦 瑠麗 国際政治学者
三浦 瑠麗 氏

プロフィール

三浦 瑠麗
(みうら るり)

1980年、神奈川県生まれ。2004年、東京大学農学部生物環境科学課程地域環境工学専修卒業。2010年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。2015年、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員。2016年より東京大学政策ビジョン研究センター講師。山猫総合研究所代表。NHKテレビ『ニッポンのジレンマ』で注目を集めた。現在、時事評論、書評を各新聞・雑誌に寄稿し、テレビ出演も多く、ニュース・政治解説や討論番組など多岐にわたる。

 第292回例会は、国際政治学者の三浦瑠麗(るり)氏が「アメリカ大統領選と日本を取り巻く国際情勢」と題して講演、会員160名が参加した。当選の可能性があるとみてトランプ氏を分析してきた三浦氏は、「ビジネスマンとして短期的に国益を定義している」と指摘。「長く取引関係がある仕入れ先より一番安いところを探すように、合理主義的な同盟国の見直しは十分ありうる」と語った。その上で「冷戦後の多極の世界では力の強い大国の声が通るようになり、日本は難しいかじ取りを迫られる。日米同盟にどのような立場を取り、東アジアでの勢力均衡に力だけではない論理を持ち込めるかが鍵だ」と述べた。講演要旨は次の通り。

 今回の米大統領選でドナルド・トランプ氏が巻き起こした旋風は、三つの時間軸で考えるべきだ。1960~70年代の人種による米社会の分断は、社会の主流を占める白人の大人に対し、若者や黒人というマイノリティーによる反抗だった。民主党も当初は人種を主要問題としていなかったが、次第に「全米的な流れを作る」と変わり、地元に深く根ざしていた政党が地元を忘れた。次の20年間では、金持ち白人の政党だった共和党が「連邦政府は悪だ」とシンプルにまとめ、田舎の白人の支持を集めた。しかしその裏では、グローバル化が進み、特殊なスキルがない白人中間層の地盤沈下が起きた。その次の8年間は、オバマ政権下であらゆる政策にマイノリティー優遇や多様な社会のメッセージが込められた。民主、共和両党が、三つの時間軸で変化する社会のうち、最も票になるところを狙い撃ちした結果、多様化する社会を支持する人たちと、超富裕層や社会的保守の人だけが政党綱領に自分を合致させることができるようになった。
 このおかしな状況下でトランプさんは、躍進戦略としてまず社会政策と経済政策を切り離した。社会的には保守派とそれ以外を共存させるため、強制はせずに保守的なかけ声だけ上げた。経済では減税政策を推進する一方で超富裕層には投資課税を強化する。通常は「あいつは左派だ」となるが、保守的なことを言っているため批判から自由になれた。次は醜い戦略だが、反移民や人種差別、宗教差別をあおり下層カーストを創出した。この効果は「落ち目」と感じている人たちに、より下のカーストを提供すれば心が安定するという大衆心理だ。トランプさんは下層カースト創出と、麻薬密輸など人々が現実に感じている危険を結びつけて恐怖をあおった。また「自分だけが非エリートで、非エスタブリッシュメントだ」とのイメージを作り上げると同時に、実際は好景気なのに「アメリカはひどい状態にある」と短期的な悲観主義を打ち出した。「変わらないといけない」と人々をあおるために必要だった。
 外交政策的には非常に短期的に国益を定義しているようだ。短期的に見える成果を出すため、例えば「関係が長い取引先」ではなく「一番安い仕入れ先」を探すように、非常に合理主義的に同盟国を見直すことは十分ありうる。1945年時点に同盟を組むという判断と、2016年の判断が同じである必要はないと思っているだろう。また、本来アメリカは孤立主義的な傾向がある。その国民の本能をトランプさんは理解し、かなり初期から「お得ではない」との理由でイラク戦争に反対してきた。非倫理的と批判されたが、米兵やイラク人の命、戦費、軍人の受ける医療費や年金などを考えると非常に高い。大統領の判断とはかくあるべきと思う。
 4月の外交演説では、21世紀を引き続き平和なアメリカの世紀とするというメッセージを出した。ロジックとしては、米軍の犠牲を出さないため紛争は見捨てる。大きな紛争は抑止する。大国間では核抑止を使うが、米中が対等にならないように宇宙とサイバーで軍拡する。この政策ならば東アジアなどの局地紛争だけが見捨てられるだけで、アメリカの軍事覇権は続くかもしれない。
 冷戦後の世界でアメリカは、単独行動でイラクなどの国家を作り直そうとして無残に失敗した。日本はどうか。2000年代からは中国への警戒感から右派は対中ナショナリズムを強めたが、左派は反米のまま。左派と右派があさっての方向を向いて論戦しているこの国に、今まで疑わなかった同盟に対する疑問がトランプ旋風によって提示された。多極の世界において小国でも超大国でもない日本は非常に難しいかじ取りを迫られる。同盟を組み替えられないよう、日米同盟にどういう立ち場をとるのか。そして東アジアに力の論理ではない別の論理を持ち込められるかが鍵となるだろう。

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