毎日新聞特別編集委員
岸井 成格 氏
プロフィール
岸井 成格
(きしい しげただ)
1944年9月、東京都出身の70歳。67年慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社入社。熊本支局、政治部、首相官邸、外務省、自民党、野党クラブなどを回った。ワシントン特派員、論説委員を経て、94年政治部長。10年主筆、昨年から現職。TBS『サンデーモーニング』のレギュラーコメンテーター、『NEWS23」のアンカーを務める。
恒例の新春講演・賀詞交歓会は、毎日新聞特別編集委員の岸井成格氏が、「2016年の世相を占う」と題して講演、会員250名が参加した。1月28日の甘利明前経済再生担当相の辞任について「金銭の授受を否定できず、道義的責任は大きい。国会で圧倒的多数の与党が証人喚問を否決すれば疑惑隠しの印象を与えかねず、今後の動きをよく見る必要がある」と語った。甘利氏が「安倍晋三首相の盟友であり、『精神安定剤』とも政界で言われている」と政権への打撃を示唆。今夏の参院選への影響については「世論調査の結果を待ちたい」とする一方で、野党善戦には1人区での共闘が欠かせないと指摘した。講演要旨は次の通り。
(1月28日に口利き疑惑で辞任した)甘利明・前経済再生担当相の話からしたい。実は甘利さんとは年明けに「ぜひ会いたい」ということなのでお会いした。というのも昨年11月中旬、産経新聞と読売新聞に相次いで「私達は違法な報道を見逃しません」というカラーの全面広告が載った。「安全保障関連法制批判が過ぎる」という趣旨で私と(TBSのニュース番組の)NEWS23が批判され、そこから安倍内閣とぎくしゃくが続いている。安倍晋三首相の盟友であり、片腕である甘利さんだから、なにか言いたいことがあるのだろうと思い、ある会合にお招きして、TPP交渉の内幕をお話しいただいた。その甘利さんが突然辞任するとは予想外だったが、道義的、政治的責任は重い。金銭の授受を否定できず、国会を乗り切るのは難しかった。なによりも下手に甘利さんをかばって首相自身に傷がつくのは避けたかったのだろう。辞任が参院選にどう影響するのか注目している。
去年パリで同時テロが起きた。パリではそれに続いてCOP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)が開かれ、オランド仏大統領がテロと地球温暖化は「分かちがたい問題だ」とあいさつで指摘した。温暖化と異常気象が、水戦争や食料戦争、さらにはテロの原因になるかもしれないという意味合いだ。中東では有志連合やロシアが空爆によるIS(過激派組織「イスラム国」)壊滅作戦を展開しているが、一般市民も多数犠牲になっている。私が安保法制に反対する理由に、この問題も関係がある。対ISで地上戦が始まれば、米国は必ず自衛隊に出動してくれという。「自衛隊を派遣してこそ国際貢献ができる一流国家だ」と彼らは声高に言うだろう。
確かに「国際紛争の解決」ならば日本の平和と安全のためと言えるかもしれない。しかし、アーミテージ元米国務副長官は「自衛隊が初めて米軍のために命をかける約束をしたのが今回の安保法制だ」と言った。「ISとの地上戦になれば、後方支援であれ自衛隊に当然来てもらう」とも。それなのに国会では日本が攻められる話ばかりしている。安保法制にはPKO法の改正も入り、駆けつけ警護と治安維持ができるようになった。もしPKO派遣先で内戦になったら治安維持を自衛隊が担う。他の軍隊が襲われたらすぐ駆けつけて守る。当然武力行使をする。それが近々起きると言われているのが南スーダンだが、私の取材では、犠牲者でもでれば選挙にならないから参院選後まで送らないという。巧みな戦略かもしれないが、あまりにも狡猾過ぎると思う。
どちらにしても今年は政治決戦だ。6月の沖縄県議選は参院選の前哨戦として大きいし、北海道では衆院補欠選挙がある。その中で政権与党が期待しているのは5月の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)。華々しく世界と渡り合い、外交成果を挙げて参院選に入りたい。だが一方で、年明けから株の乱高下が始まった。安倍内閣は「株価連動内閣」と言われ、官邸は毎日株価をチェックしている。アベノミクスの成否が株価で判断されてしまうから、株価を高止まりさせることが非常に大事なポイントになっている。株価の乱高下から当面は目が離せない。それも含めてサミットは要注意と思う。
ところで、NEWS23を降りるのは別に権力、圧力に負けた訳ではない。私はこの春、契約切れで、年齢的にもいい年なのでどうするかという話があった。そこへあの「偏向報道を許さない」という広告が出て、圧力がかかったと勘ぐられた。でも勘ぐられるだけのことはあって、最近の政権与党はメディアに口を出し過ぎだと思う。(大災害時などに首相に権限を集中させる)「緊急事態条項」を新設する改憲論も同様だ。首相に大権を与えるというが、よほど突っ込んだ議論をしないと、危うさを私は感じる。自分の(降板)人事と関係なく関心を持ち、安保法反対も訴え続けていく。