毎日新聞論説室専門編集委員
倉重 篤郎 氏
プロフィール
倉重 篤郎
(くらしげ あつろう)
1953年東京生まれ。78年東大教育学部卒業、毎日新聞入社。水戸、青森支局を経て東京本社整理部、85年から政治部。2001年千葉支局長、03年政治部編集委員、04年政治部長。06年大阪本社編集局次長、07年東京本社編集局次長、11年論説委員長。10年より専門編集委員兼論説委員。 著書に『小泉政権の1980日(上・下)』(行研)、『千葉つれづれ-支局長の日曜コラム』(崙書房出版)など。現在弊社『サンデー毎日』の「サンデー時評」を執筆中。
第289回例会は、毎日新聞専門編集委員の倉重篤郎氏が、「参院選結果と安倍政権の課題」と題し講演、会員120名が参加した。参院選で改憲勢力が3分の2超の議席を占めたことを受けて「衆参両院で発議し、国民投票をしないと改憲できない。国民の良識を信じ、堂々と議論すればいい」と語った。倉重氏は「憲法改正の作業では何を変えるかを絞り込むが、環境権や緊急事態条項を検討すれば、『今の法律でできる』という議論に必ずなる」と指摘。また自公両党の方向性の違いなどから「簡単に改憲できるわけではない」と述べた。講演要旨は次の通り。
きょうは参院選の結果についてポイントを絞って話したい。「改憲勢力3分の2議席」が今回大きな争点だったが、私は違うと思った。政党が改憲項目を絞り込み、国民が議論したわけではない。なんとなく「3分の2取るかも」となり、「それは戦後政治史上、一番大きな話だ」という流れの中で争点が作られすぎたと思っている。
改憲は衆参両院の3分の2で発議をし、国民投票をしないと決まらない。国民の良識を信じれば何の恐れもない。堂々と議論して必要ならばすればいい。憲法の精神を守るための「護憲的改憲論」というのもある。一方で改憲作業は簡単には進まない。まず何を変えるのか絞り込む。「環境権」「緊急事態条項」と議論すれば、途中で「今の法制度でできる」となる。議論を詰めると、変える必要があるのは9条だけだ。持っていない戦力を持っているのだから、どうみてもおかしい。そこまで最低でも2018年の夏ぐらいまでかかる。安倍政権に力があれば解散総選挙と国民投票を一緒にやる可能性がある。
「自民単独過半数」も話題になった。自民が今回の改選で57議席取れば、非改選と足して122議席で過半数になる。自民は1985年の参院選で大敗して過半数割れし、その穴を埋めるため公明と連立するなどしてきた。単独過半数ならば自民だけで法案を通せるので、公明がいらなくなる。公明の存在感が薄れることは間違いない。これまでは公明と窓口の政治家が自民内で強い力を持った。今は菅義偉官房長官がそれで、公明の力をバックに政権を支えている。しかし昨日(7月13日)、元民主議員が自民に入り、自民は単独過半数を取り戻した。これは大ニュースだ。党内で高まる「公明に遠慮することはない」という声の統制が大変になる。今は官邸の解散権と公認権で押さえているが、今後の局面は違ってくる。
全国32の1人区の結果も大事だった。大分で野党共闘候補だった民進党の現職は、共産党票を全てもらう選挙に途中で切り替えた結果、1000票差でなんとか勝った。共産党は変わりつつある。昨年9月に安全保障関連法が成立すると「民主連合政府」実現のため選挙協力をすると言いだし、32の1人区でほぼ野党共闘を成立させた。おそらくこの流れは次期衆院選でも変わらない。もらう側にとって共産党が持つ500万票は非常に頼りがいがある。これまで民進党は、自民党プラス公明票と戦って勝てなかった。しかし、共産票の高下駄をはけば勝負できる。その蜜の味を知ってしまった。前原誠司さんが次の代表になっても、この路線は変わらないと思う。
今回の選挙でアベノミクスが信任された。だが、アベノミクスは、本来次世代に残しておくべき政策的ツールや財源を全部先食いした。スタートしたのは13年で、もう3年たった。しかも2%の物価上昇率の達成次期を17年から「17年度」に言い換えた。これは安倍晋三首相の言う「道半ば」じゃない。国は1000兆円の借金を背負っており、消費増税は先送りした。本当にやりくりできるのか。アベノミクスは信任されたが、これから大変だ。
安倍さんが首相として成果を上げられるのは憲法ではなく北方領土ではないか。この問題は戦後70年一歩も進んでいないが、日露双方の権力基盤が強い今が解決のチャンスだ。4島返還ではなく、お互い歩み寄り、譲歩できる政治力が大事だ。大きな一歩を踏み出す力を安倍さんとロシアのプーチン大統領は持っている。これは衆院解散の時期もからんでくる。領土問題にめどを付けたときに「領土解散」をする大義名分ができる。「2島返還でいいか」と問えば国民がどう反応するだろうか。「平和条約を結ぶのだからいい」となるのか。英国のEU離脱の国民投票のように国論を二分するかもしれないが、そういうことも安倍さんは考えているだろう。