元外務審議官・日本総研国際戦略研究所理事長
田中 均 氏
プロフィール
田中 均
(たなか ひとし)
1947年、京都市生まれ。69年、京都大法学部を卒業後、外務省に入省し、北米局北米2課長、経済局長などを歴任。2001年からアジア大洋州局長として北朝鮮側要人と交渉を重ね、拉致被害者5人の帰国に結びついた02年の小泉純一郎首相(当時)の訪朝を実現させた。外務審議官に就任後、05年8月に退官。2010年10月に(株)日本総合研究所国際戦略研究所理事長に就任した。著書に「日本外交の挑戦」(角川新書)など。
元外務審議官で日本総合研究所国際戦略研究所理事長の田中均氏が11月18日、福岡市のソラリア西鉄ホテル福岡であった毎日・世論フォーラムで「米国大統領選挙後の世界と日本」と題して講演した。田中氏は約120人を前に、米大統領選で当選を確実にした民主党のジョー・バイデン前副大統領について「大統領になれば中道の政策を追求するだろう」と予想。女性初の副大統領となる見通しのカマラ・ハリス氏を「その次の有力大統領候補」とし、「米国社会の分断を埋めることを期待する」と述べた。講演要旨は次の通り。
今回の米国大統領選では民主党のジョー・バイデン前副大統領が多くの票を得た。ドナルド・トランプ大統領は結果を覆そうと行動を起こすだろうが、大統領に選ばれる可能性は低いだろう。トランプ氏はこれまでと同様、差別がいけないとか所得格差を埋めるべきだとか、いわゆる「ポリティカル・コレクト(政治的に正しい)」ではない、社会の分断を広げる発言を繰り返しながら「トランプ」という政治勢力を4年後まで維持することを考えていると思う。では、バイデン氏が大統領になったら分断は埋まるのか。米国の議会が共和党と民主党で拮抗する中、バイデン氏は思いきった政策は打ち出せないといわれる。だが、バイデン氏は37年間外交委員会に所属して超党派の外交をしてきた。超党派という意味でいえばバイデン氏ほど適した人物はおらず、中道の政策を追求しながら、今の分断がさらに深まることはないと思う。また、副大統領候補のカマラ・ハリス氏は間違いなく4年後の大統領候補になると思う。米国の明るさ、機会に富むこと、それを勝ち抜いた先にあるアメリカン・ドリームという米国の求心力だったコンセプトを体現する存在だ。この間にトランプ氏は、それなりに力のある「悪あがき」をすると思うが、所詮は大統領にはかなわない。
米国内が分断しているときに、強大な敵を作ることで求心力を得る動きが出るだろう。米中の対立だ。新型コロナウイルスによって加速される面もある。米国のDNAは自分たちより規模が大きい国、経済的にも軍事的にも規模が大きな国が出ることを認められない。一方、中国は、過去の栄光を取り戻すことが行動原理だ。中国は産業革命後に諸外国の餌食になったことを屈辱と考えている。共産党が中華人民共和国を作って100年となる2049年までを「屈辱を払う期間」としている。中国の習近平国家主席はそれを進めるため、南シナ海、東シナ海で攻撃的になっており、巨大経済圏構想「一帯一路」を打ち出している。国際通貨基金(IMF)の推計では、コロナ禍の今年、中国はプラス成長をする一方、米国はマイナス成長で、中国のGDPは米国の75%まで大きくなる。習近平が掲げる「現代社会主義強国」とは米国を経済、軍事、テクノロジー、そして、影響力の面でも追い越すことだが、その趨勢をたどっている。
ただ、中国が順当に成長を続けるかは五分五分だろう。国内問題と米国をはじめとする対外関係の二つの障壁がある。国内問題は成長が鈍化したときにどう国民を抑えられるかだ。それに備え、ビッグデータを使った監視社会の構築や「反腐敗闘争」で共産党の締め付けを続けている。香港の強硬措置もその一環だ。これまでは1国2制度を認めてでも香港の経済が重要だったが、香港以外にさまざまな資本の流入経路ができた今では、香港から入ってくる自由の方が問題になった。対外関係では、米中対立が最初にして最大の関門だ。米国はバイデン政権下で国際協調路線を取るだろう。同盟国や友好国と連携して中国に圧力を加える方向にいく。対立は三つの面で激しくなるだろう。一つはハイテク関連競争、二つ目は香港や新疆ウイグルなどの人権問題。そして、三つ目が日本にとって最も深刻な影響を及ぼす台湾問題だ。
台湾問題は大規模ではないにしても戦争になりうる。米国の軍事介入もあり得るが、部隊が出るのは日本の沖縄からだ。日米安全保障条約では日本の米軍基地から戦争のために部隊を出す場合、米国が日本に事前に許可を求める「事前協議制度」がある。今まで一度もされたことはないが、そうなった場合に日本が「ノー」と言える選択肢はないだろう。大事なことはそういう事態にしないために日本が行動を起こすべきだということだ。米国や中国が大きいからといって座して待つことはあってはならない。外交は能動的に出ないと結果は出ない。
中国が覇権を求め、攻撃的になるのを防ぐために安保体制を強化するのは一つの手段だが、外交的にはそれ以上にやることがある。中国を仲間にいれてルールを作っていくことだ。数日前に日中間やASEANなど15カ国で合意したRCEP(アールセップ、包括的経済連携協定)もそうした取り組みの一環と言える。こうした枠組みの中で中国を変える努力をしなければならない。もう一つが朝鮮半島だ。北朝鮮の非核化は米中にとって共通の戦略的利益を持ち、かつ、米中の対立を緩和することは日本にとって利益だ。米朝関係はトランプ氏が関与して訳が分からなくなった状態になっているが、民主党政権になって果たしてどうするかという時に日本が果たせる役割はものすごくある。こういう環境を活用して北朝鮮問題に取り組むことが米中冷戦を緩和することにつながると思う。
最後に韓国問題について。現状は日韓基本条約を結んだ1965年以来最悪と言われている。お互いが内政問題にしてしまっているため、環境を良くしようという機運が生まれない状況になっている。過去も大事だが、未来について日韓共通の最大の問題は中国との関係だ。中国が周辺を脅かすような覇権国となっては困るし、同時に中国の経済を活用したい。同じ思いを両国は持っている。だからこそ、できるだけ早く関係を回復して共同行動を取るべきだ。韓国に対して頑なな態度を取ることがどれだけ我々の将来を危機におとしめるかということも訴えておきたい。