政治アナリスト
伊藤 惇夫 氏
プロフィール
伊藤 惇夫
(いとう あつお)
1948年8月、神奈川県生まれ。学習院大法学部卒。1973年から94年まで自民党本部に勤務後、95年から新進党勤務を経て、太陽党、民政党、民主党の結成に参加し、それぞれの事務局長を務めた。2001年に民主党を退職し、現在は政治アナリストとして活動。「ひるおび」「とくダネ」「グッディ」などのテレビ番組に出演する。「消えた『風圧』―絶滅危惧政治家図鑑」、「国家漂流―そしてリーダーは消えた」など著書多数。
政治アナリストの伊藤惇夫氏が10月2日、福岡市のホテルニューオータニ博多であった毎日・世論フォーラムで「菅政権と日本政治の課題」と題して講演した。伊藤氏は9月に発足した菅義偉政権を「パフォーマンスを一切せず、地味だが実務的。大看板を掲げた安倍政権に比べ、生活密着型とかなり性格が違う政権で、独自色を増していくだろう」と見通した。衆院解散・総選挙については「(2021年9月末までの)自民党総裁任期中に勝負しなければ本格政権の道はない」と述べた。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、フォーラムの講演は約半年ぶりの再開となり、約150人が聴講した。講演要旨は次の通り。
菅義偉内閣を命名するなら「三色丼内閣」。菅カラーと、安倍(晋三前首相)カラーと派閥カラーが三色渾然としている。パフォーマンス人事を一切やっておらず、地味で実務的で堅実だ。
菅さんは安倍路線の継承を前面に打ち出しているが、かなり違う政権になりつつある気がしている。「三本の矢」「1億総活躍」など大看板を掲げるのがうまかった安倍政権に対し、菅政権は非常に生活密着型で、安倍政権が「上から目線」だったとすれば「横から目線」。携帯電話料金引き下げや不妊治療への保険適用など、一般の方の目線に合わせた政策をどんどん打ち出していく姿勢を明確に打ち出している。
安倍さんと菅さんは生まれ育ち、政治家としての歩みなどすべてに関して対照的。安倍路線継承を言いながら、独自色をどんどん増していく政権になるだろう。菅さんはソフトなように見えて、決めたことは何があってもやり通す頑固な面をもっている。菅さんは「劇薬」。すぐに効果が現れる一方、使い方を間違うと副作用が出ると、それが出た時に支持がどこまで続くかは、保証の限りではない。
衆院解散・総選挙の話にも触れたい。自民党総裁任期は来年9月30日。菅さんは形の上ではピンチヒッターだが、総理の座に就いた以上は「自分の思う通りの政権をやってみたい」「成果を残したい」と当然思うはずだ。残る総裁任期中に間違いなく1度は解散・総選挙に打って出る。それを経なければ本格政権への道は開けない。
菅政権誕生直後は自民党が沸き立った。支持率も非常に高い。政党支持率も自民党が跳ね上がった。いま選挙をやれば勝てると言うことで、いろいろな日程が飛び交った。ただ、菅さん自身が「実績を残す前に解散総選挙は打てない」と言ったり、「新型コロナウイスルが収束しないのに選挙を打つべきではない」という意見が出たりする中で、「年内はないのでは」という声が高まっているのは事実。早期解散の方が有利なのは間違いないし、来年になると日程が物理的にほとんどない。3月末までは予算の審議がある。6、7月は東京都議選がある。8、9月は予定通りならオリンピック、パラリンピックがある。あっという間に任期満了に近づく。解散・総選挙を来年打つのは針の穴を通すくらい難しい。だから年内説があったが、ここにきて、どんなに早くても来年1月に召集される通常国会の冒頭解散くらいだろうというが、過去の解散・総選挙の経験をみると、2014年の年末総選挙で奇襲作戦がうまくいったという成功体験が菅さんにはある。こういう経験がどう生かされるか。近い時期での解散・総選挙はないというムードが広がっている時こそ、むしろ怪しいと思う。
解散・総選挙いつあるか分からないが、菅内閣と対峙するのが野党で主に立憲民主。一応、旧民進党と同じ規模に戻った。だが、今ほど野党が非力な時代は記憶にない。だからこそ安倍1強も生まれ、1強多弱という状況が続いてきた。この状況が長く続くと、政治全体から緊張感が失われる。与党はおごりたかぶり、数でなんでも押し切れるとなっていく。野党は無気力状態になっていき、政治が劣化する。
野党を作り上げた途端に枝野(幸男)さん、小沢(一郎)さんも「目指すのは政権交代」と言うが、とんでもない間違いだ。政権交代は手段。まず自分たちがどういう国造りをして、どういう政策を実現し、その結果、国民の皆さんの生活をこうする。ただ、今の政権ではできない。ならば政権交代しかないというのなら分かるが、目標を政権交代と言われると、手段と目的を取り違えているんじゃないかと思う。
私は政権交代しろとまで言わないが、今の1強多弱状態は正さないといけない。そのためには少なくとも与党が警戒心を抱くくらいの野党にならないといけない。今度の合流は、おそらくほんの数㍉、それに近づいたかもしれないが、多くの有権者、国民の皆さんから見ると民主党のなれの果てというイメージがまだ強いと思う。民主党政権は悪いことばっかりやったわけじゃないが、多くの皆さんが、あの政権は失敗だったと思っている。だから、いくら「新しく生まれ変わった」と言っても響かない。
野党の皆さんに申し上げているのは、民主党政権時代に中核的な存在だった人はみんな後ろに引きなさいと。まったく新しい人たちが党の前面に出て引っ張っていく。それをベテランが後ろから支えていく形を作らないと場面転換できないと言っているが、当分、今の人事は変わらないだろう。おそらく当分は、今の自公の連立政権の時代が続く。
ただ、今の自民党をみていると、一昔前に比べ活力がなくなった。派閥には弊害もあったが、ものすごいメリットもあった。激烈な競争があり、常に党内の活性化を生んでいた。それがいま一切絶えてしまった。そういう状況で、自民党全体が非常に劣化しているというか、自民党議員が羊の群れみたいに見えて仕方ない。野党が頼りないなら、もうちょっと元気のある政党になってもらわないと困るという気がする。とりあえずスタートした菅政権なので、警戒しつつ、見守りつつ、評価していきたいと思っている。